村田諒太が明かすその読書力 『夜と霧』が作った鋼のメンタル

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国民栄誉賞は差別

 僕は、人間は些細なことに幸せを感じられるかどうかで気持ちの在りようも、さらには生き方も変わってくると思っています。大学職員として働きながらアマチュアをしていた時代は、何の不満もなく、幸せに生活していました。かと言って、その時代に戻りたいかと問われれば、いまのままでいたいと答えます。もはや、アマチュア時代の生活では、僕は満足できない。環境が人間を変えるわけですが、それには苦しみも伴います。

『夜と霧』に、〈およそ生きることそのものに意味があるとすれば、苦しむことにも意味があるはずだ。(略)苦悩と、そして死があってこそ、人間という存在ははじめて完全なものになるのだ〉という一節があります。

 僕は、練習で好調なときほど、不安材料を見つけ出そうとします。不安材料を苦しみながら乗り越えれば、精神が安定してくることを理解したからです。

 他にも、〈生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。(略)そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている〉という一節が印象に残っています。人間には必ず、問いに答えなければならない場面が出てくる。

 勇気を持って、周囲や自分にとってベストな選択ができるかどうかが大事です。

 以前、東京新聞の「平昌異聞帳」(2月26日付朝刊)というコラムに、国民栄誉賞についての談話を載せてもらいました。リオで多くの金メダリストが誕生しましたが、レスリングの伊調馨選手以外、国民栄誉賞は与えられなかった。ところが、平昌では目立ったからと、羽生結弦、小平奈緒両選手が検討されると報じられました(実際の授与決定は羽生のみ)。企業や政治的に広告としての価値があるかどうかで判断しているようだった。厳しい練習を重ねたすえにようやく掴んだ問いへの答えが、同じスポーツ選手なのに差別されることには疑問を感じないわけにはいきませんでした。

 僕は、昨年10月22日、判定負けを喫していたアッサン・エンダムとのリベンジ戦で雪辱を果たし、WBA正規王者の座を掴んだ。ひとまずのゴールを達成したと言えるかもしれません。でも、そのときの勝利者インタビューで、「ボクシングを知っている人なら分かると思いますけど、僕よりも強いチャンピオンがいますので、そこを目指していきたい」と、新たな決意表明をしました。もちろん、僕が目標にするチャンピオンとは、ゲンナジー・ゴロフキンです。WBA正規王者を10回防衛してスーパー王者となり、WBC、IBFの統一王者でもある。38戦37勝(33KO)1分けという圧倒的な戦績を持ち、まさしく最強王者です。鋭いジャブで相手の動きを封じ、破壊力のある右フックとストレートで、KOの山を築いてきました。ハードパンチャーのうえにスタミナはあるし、攻守ともに抜きん出ています。

 まず、僕が初防衛戦を制することができれば、今秋にも米国・ラスベガスで2戦目の防衛戦が組まれる予定です。ボクシングの本場で実力が認められると、ゴロフキンへの挑戦が現実味を帯びてくる。

 読書で鍛えたメンタルで、ゴロフキン戦であっても臆することなく実力を発揮できれば、間違いなく勝機を掴み取れると信じています。

週刊新潮 2018年4月19日号掲載

特集「タイトルマッチ直前インタビュー 『夜と霧』が鋼のメンタルを作った 『村田諒太』の読書力」より

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