「森友」「東芝」震源地に立つラスプーチン「今井尚哉首相秘書官」の暗躍

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 「安倍晋三首相が最も信頼する男」。内閣総理大臣秘書官の今井尚哉(たかや)氏の権勢に陰りが見える。元経産官僚の今井氏による首相夫妻への進言は、経済政策、政治日程からプライベートのトラブルにまで至る。しかし、「現代のラスプーチン」さながら絶頂にある今井氏の鉄壁の守りに、ほころびが見えてきた。ほころびは2つ。「森友問題」と「東芝危機」だ。

人生のすべてを安倍政権に

 栃木県生まれの今井氏は東京大学法学部を卒業し、1982年に通商産業省(現在の経済産業省)に入省した。新日本製鐵(現在の新日鐵住金)の社長、会長、経団連会長を歴任した今井敬(たかし)氏、元通産省事務次官の今井善衛(ぜんえい)氏(今井敬氏の兄)という2人の叔父を持つサラブレッド中のサラブレッドである。

 入省後は主に産業政策・エネルギー畑を歩み、資源エネルギー庁次長などを務めた。嶋田隆氏(現・経産省事務次官)、日下部聡氏(現・資源エネルギー庁長官)と同期で「経産省三羽烏」と呼ばれたこともある。2006年の第1次安倍内閣で、事務担当の首相秘書官に任命された。今井氏の叔父、善衛氏が戦前、通産省が商工省だった時代、商工省次官、大臣を歴任した岸信介(安倍首相の祖父)の部下だったことを知ると、安倍首相は「そうだったの。昔からお世話になっているんだね」と、今井氏に心を開くようになったという

 2007年、潰瘍性大腸炎で安倍首相が退くと、今井氏は経産省に戻る。それまで安倍氏にすり寄っていた官僚や記者は潮が引くように離れていったが、今井氏は高尾山登山に同行するなど、不遇時代も寄り添い続けた。今井氏は昭恵夫人に対しても、「奥様、奥様」と如才なく振る舞い、大のお気に入りになる。

 2012年、第2次安倍内閣が発足すると、安倍首相のたっての願いで政務担当の首相秘書官に就任する。この時、今井氏は経産省事務次官の最有力候補だったが、「俺の役人人生はここで終わり。最後まで安倍首相に仕える」と周囲に漏らしている。離婚もしている今井氏は言葉通り、人生のすべてを安倍政権に捧げるようになる。

 そんな今井氏に安倍首相は全幅の信頼を置いており、「消費税率引き上げの時期から解散のタイミングまで、なんでも相談する」(関係者)という。「一億総活躍社会」やアベノミクス「新・三本の矢」など、安倍政権の目玉政策を策定しているのも今井氏である。3本目の矢である「経済」の中で「インフラ輸出」の旗を掲げ、日本の原発を海外に輸出する政策を推し進めた。これが、東芝を倒産寸前まで追い込んだ巨額赤字の原因になった。このことについては後で詳しく述べる。

鉄壁のガードにほころび

 その異常なまでの権限集中により、今や今井氏は「菅義偉官房長官より首相に近い」とされ、「影の総理」または「日本のラスプーチン」と呼ばれている。グレゴリー・ラスプーチンは帝政ロシア末期、ニコライ2世皇帝夫妻に寵愛されてロシアの政治、外交に大きな影響を及ぼし、ロシア帝国崩壊の一因を作ったとされる怪僧だ。

 その血筋と経歴故に極めて用心深く、スキャンダルと無縁だった今井氏だが、ここへきて鉄壁のガードにほころびが見えてきた。1つは今、国会を揺るがしている森友問題への関与だ。

 財務省と森友学園の国有地取引に関する決済文書が改竄された問題で、前文部科学省事務次官の前川喜平氏は『週刊朝日』(3月30日号)でこう語った。

 「忖度ではなく、官邸にいる誰かから『やれ』と言われたのだろう。私は、その“誰か”が総理秘書官の今井尚哉氏ではないかとにらんでいる」

 気の小さい官僚に自分の一存で公文書を改竄する勇気などない、というのが自らも官僚であった前川氏の見立てである。3月27日には、国有地管理の責任者である理財局長だった佐川宣寿(のぶひさ)前国税庁長官の証人喚問が開かれる予定だ。トカゲの尻尾切りで終わらせたい安倍政権側は、佐川氏に「改竄は自分の一存」と言わせたいところだが、切り捨てられる佐川氏がヤケを起こし、「上から言われた」と証言すれば、「上」の中に今井氏が入っている可能性が高い。それを見越した前川氏は最近、長野県で開いた講演で、こうコメントしている。

 「役人は辞めればなんでも言える。佐川さんにそう教えてあげたい」

 森友問題でも官邸で収束のシナリオを書いているのは、間違いなく今井氏だ。圧倒的な情報量でマスコミを操ってきたのも同氏だが、佐川氏が腹をくくってパンドラの箱を開ければ、中から「今井」の名前が飛び出してくる可能性は高い。

不可能を可能にした「戦友」

 もう1つ、今井氏を脅かしているのは東芝問題である。東芝は4月、元三井住友銀行副頭取の車谷暢昭(くるまたに・のぶあき)氏を会長兼CEO(最高経営責任者)に迎える。一見、東芝のメインバンクである三井住友銀行の支援と思われるが、そうではない。「三井のエース」と言われた車谷氏は、頭取レースに敗れて1年前に三井住友銀行を去り、英投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズの日本法人会長兼共同代表になっていた。メインバンクが送り込んだ訳ではないのである。

 車谷氏に目をつけたのは今井氏と経産省事務次官の嶋田隆氏だとされる。車谷氏は東日本大震災による東京電力福島第1原子力発電所の事故を受け、経営危機に瀕した東電に対し、2兆円の緊急融資をまとめあげた。この時、民主党政権下で東電危機に対処するタスクフォースを取り仕切ったのが、経産省に戻り資源エネルギー庁次長を務めていた今井氏だ。

 仙谷由人官房副長官をヘッドとする、このタスクフォースは「チーム仙谷」と呼ばれ、嶋田、日下部、今井の経産省三羽烏が顔を揃え、そこに内閣官房参与だった国際協力銀行(JBIC)の前田匡史(ただし)副総裁、東芝電力システム社の首席主監だった田窪昭寛氏が加わった。チーム仙谷は、原発政策を維持するため、史上最悪の原発事故を起こし、誰がどう見ても経営破綻していた東電を存続させた。そのための絶対条件が、2兆円の緊急融資であり、交渉テーブルの向こう側にいたのが車谷氏であった。今井氏にとって車谷氏は、不可能を可能にした時の「戦友」なのだ。

 しかし、経産省が主導する日本の原発政策は事実上、破綻している。東電が国から借りた9兆5157億円の賠償金を返済するには、今のレベルの営業利益をそっくり返済に充てたとしても40年はかかる。そんなことをしたら設備投資も技術開発もできず、会社として死んでしまう。それでも今井氏を筆頭に、経産省・官邸の原発推進勢力は強引に東電を延命させている。

「官邸からの圧力」

 そうこうするうちに、東電に続いて東芝が火を噴いた。経産省の強い後押しを受けて買収した米原発大手のウエスチングハウスが1兆5000億円近い赤字を生み、東芝本体が債務超過に陥った。海外原発事業で巨額の減損処理が必要なことは、リーマン・ショック後の2009年頃から原発部門や財務部門で認識されていたが、東芝はこれを隠蔽するために粉飾決算を続けた。利益水増しの総額は、7年間で2248億円に及んだ。

 が、2248億円という巨額粉飾にもかかわらず、東芝は刑事訴追されていない。東京地検特捜部OBの弁護士はこう指摘する。

 「債務超過転落の原因となった2015年の米原発建設会社CB&Iストーン・アンド・ウェブスター(S&W)の買収に、原発事業の損失を隠蔽する意図があったとすれば、経営陣は背任に問われる。これだけの規模の粉飾を捜査しないのは、検察の怠慢ではないか」

 ここでささやかれているのが、「官邸からの圧力」である。今井氏は田窪氏を通じて東芝経営陣と密接な関係を持ち、ウエスチングハウス買収以降の東芝の海外原発事業を後押しした。東芝社内では、常識から考えて無謀と思われる投資でも、田窪氏やその上司で後に社長になる佐々木則夫氏らは、「これは国策だ」の一言で反対を封じてきた。

 佐々木氏と前任の西田厚聰(あつとし)氏(2017年に死去)、後任の田中久雄氏の歴代3社長は、粉飾決算の責任を取って辞任。現在は東芝から損害賠償請求を受けている。経産省と気脈を通じる経営者はいなくなったが、今井氏と嶋田氏はそこに車谷氏を送り込み、東芝をリモートコントロールするつもりではないか。

米国で4基、中国で4基

 東芝は昨年、増資で海外ファンドから6000億円を掻き集め、2期連続の債務超過を免れた。ウエスチングハウスはカナダの投資グループ傘下のファンドが46億ドル(当時約5200億円)で買収することになり、車谷新会長を迎える東芝には、「一件落着」の空気が漂う。しかし、米国で4基、中国で4基の原発を作りかけて倒産したウエスチングハウスの問題は、まだ収束していない。

 施主のスキャナ・コーポレーションとサンティ・クーパー社が建設を断念したVCサマー原発があるサウスカロライナ州では、3月21日、州議会が米ウエスチングハウスの経営幹部を証人喚問した。同原発では建設コストが約1兆7000億円と当初計画の2倍近くに膨らんでおり、経営責任を問う声が高まっている。ウエスチングハウスの親会社だった東芝も責任を免れない。地元住民も東芝に損害賠償を求める訴訟を起こしている。

 森友問題も東芝危機も震源を探っていくと今井氏に辿り着く。ラスプーチンに籠絡されたニコライ2世夫妻の代で、ロシア帝国は崩壊した。首相秘書官という陰の立場から官庁や企業を動かし、国を危うくしている今井氏は、まさに現代の日本のラスプーチンと言える。

 

大西康之
経済ジャーナリスト、1965年生まれ。1988年日本経済新聞に入社し、産業部で企業取材を担当。98年、欧州総局(ロンドン)。日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員を経て2016年に独立。著書に「稲盛和夫最後の闘い~JAL再生に賭けた経営者人生」(日本経済新聞)、「会社が消えた日~三洋電機10万人のそれから」(日経BP)、「ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア 佐々木正」(新潮社)、「東芝解体 電機メーカーが消える日」 (講談社現代新書)、「東芝 原子力敗戦」(文藝春秋)がある。

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Foresight 2018年3月27日掲載

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