ガラス細工の「米朝首脳会談」(5・了)安倍首相の「焦り」と「変化」

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 ドナルド・トランプ米大統領が3月8日に「5月までに金正恩(キム・ジョンウン)氏と会う」と米朝首脳会談受諾を明らかにしたが、北朝鮮はいまだに公式な反応を見せず、奇妙な鍔ぜり合いが続いている。

 トランプ大統領は3月10日に東部ペンシルベニア州での支持者集会で、「私が早々と立ち去るかもしれないし、私たちが着席して世界にとって最高の合意をするかもしれない」と語り、決裂、成功の両方の可能性に言及した。また同日のツイッターでは、「北朝鮮は2017年11月以来ミサイル実験をしておらず、われわれの会合までの間はしないと約束した。彼らがその約束を守ると信じる!」とも書き込んだ。

 米政界や専門家の間では、依然として北朝鮮が核を放棄することには懐疑的な見方が強いが、トランプ大統領が米朝首脳会談を受諾した5月までには、あまり時間はない。

強硬派ポンペオ氏の起用

 トランプ大統領は3月13日、ツイッターへの書き込みでレックス・ティラーソン国務長官を解任し、マイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官を後任に起用する、と発表した。

 ポンペオ氏は、対北朝鮮政策では対話重視のティラーソン氏と異なり、強硬派である。陸軍士官学校を首席で卒業し、その後ビジネスで成功。草の根保守派運動「ティーパーティー(茶会)」の支持を受け、2010年に共和党下院議員に当選した。トランプ大統領と同じように、イランの核合意にも反対だ。欧州ではイラン合意に悪影響を与えるのではと、危惧の声も聞こえる。

 昨年7月には『ワシントン・タイムズ』とのインタビューで、北朝鮮の非核化に向けた外交手段が枯渇した場合には、秘密工作を含めて様々な選択肢を考えているとした。「重要なのは核攻撃能力と、核使用の意図を持つかもしれない者を分離することだ」と、金正恩氏ら指導部除去工作の可能性も示唆している。また今年1月の『CBSテレビ』のインタビューでは、北朝鮮が米本土を核攻撃する能力を獲得するまでに「数カ月しかない」と強い危機感を示した。

 だが、一方では対話の構えもあるようだ。結局は実現しなかったが、平昌冬季五輪でのマイク・ペンス副大統領と金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長の韓国での秘密会談は、韓国の国家情報院の徐薫(ソ・フン)院長とポンペオ氏がセットしたとされる。

 ポンペオ氏が国務長官に正式に就任するには議会の承認が必要で、早くても4月末と見られる。その間、ポンペオ氏はCIAを使った会談準備をする可能性もある。『ニューヨーク・タイムズ』は3月16日、米朝首脳会談実現に向けて、CIAと北朝鮮の偵察総局との非公式ルートを通じて準備を進めている、と報じた。北朝鮮の国家保衛省なら分かるが、偵察総局は工作機関で、対米外交に関与する可能性はあまり高くないと思う。一方、米国側では国務省ではなく、北朝鮮専門家も抱えているCIAが動く可能性はあるだろう。

 韓国の『朝鮮日報』は3月15日付で、文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領の特使団長だった鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安全保障室長の親族がCIAコリア任務センターにおり、この特別な関係が米韓間の意思疎通に役だっていると報じた。同紙によると、同センターのアンドリュー・キムセンター長の母親が鄭義溶室長のいとこにあたるという。キム氏は韓国生まれで、高校時代に米国に移住し、CIA韓国支部長、アジア・太平洋地域責任者を務めたという北朝鮮専門家で、昨年5月にCIA内に同センターが設立された際にセンター長に任命された。キムセンター長はポンペオ氏の右腕的存在で、平昌冬季五輪中は韓国に滞在していたという。

 ポンペオ氏は基本的に、「北朝鮮の核問題を交渉によって解決することは無理」と考えているように見える。北朝鮮は、「交渉では無理」と考えている者を相手に交渉しなければならないという事実に直面することになる。

 北朝鮮を相手にするためには独特の技術が必要である。彼らのワーディングには独特の意味が込められており、そこには過去の歴史が含意されている。その歴史や独特の意味を理解しながら、1つ1つチェックしながら前に進まなくてはならない。さらに、単に北朝鮮に詳しいだけでなく、現実に北朝鮮の人間と交渉した経験が必要だ。交渉相手との信頼関係まで行かなくとも、相互理解がないと中身のある交渉にはならない。

 現在のホワイトハウスや国務省にそういう人材がいるのかどうか。軍や情報機関には北朝鮮に精通した人材がいるだろうが、実際に北朝鮮側との交渉にタッチした人材はそう多くないだろう。

 この問題は米国の問題であると同時に、北朝鮮の問題でもある。北朝鮮側は米国の誰と交渉をして良いのか分からない状況が続いている。

マクマスター補佐官も解任か

 ティラーソン国務長官解任の激震がさめやらぬ3月15日、『ワシントン・ポスト』はハーバート・マクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を解任する方針だと報じた。後任が固まっていないため、交代までには時間を置くとした。同紙は、トランプ大統領は、マクマスター氏は頭が硬く、説明が長いと文句を言っていたと報じた。長い書類を読まない大統領というのも困ったものである。

 ホワイトハウスの報道官はこの報道を否定したが、ティラーソン国務長官の場合もこうした報道が出て、結局は更迭に至っており、トランプ大統領がこれまで以上に、自分と波長の合う側近でホワイトハウスを固めようとしているとは言えそうだ。

 マクマスター補佐官の交代があるかどうかは今後の推移を見る必要はあるが、米朝首脳会談が予定されている5月までには時間がない。『ニューヨーク・タイムズ』は3月14日、ポンペオ氏の国務長官就任が議会で承認されるまで米朝首脳会談は延期される可能性がある、と報じた。『ワシントン・ポスト』も6、7月に延期される可能性を指摘している。現時点では、ホワイトハウスは予定通り、5月開催を目指すとしているが、米朝間で首脳会談の日時と場所が決定するまでには、まだ紆余曲折がありそうだ。

ジョセフ・ユン氏の助言

 ホワイトハウスに嫌気が差して辞任したと見られている国務省のジョセフ・ユン前北朝鮮担当特別代表だが、今回のトランプ大統領の米朝首脳会談受け入れについて3月15日、『CNN』のインタビューで「最高位級で関与することにしたトランプ大統領の決定を強く支持する」とし、「それは偉大な成果だ」と評価した。

 ユン氏は「彼ら(北朝鮮)は今、核兵器とすべての州を本当に威嚇できる運搬手段(ミサイル)を持っている。過去とは異なる。だから異なった関心と焦点、接近法が必要だ」と対話の必要性を語った。さらに「私が米朝首脳会談で生み出すことを希望するのは、トランプ大統領と金正恩党委員長が、われわれが行かなければならない地点に関する大きな枠組みの下絵を描き、特定の原則に合意し、手続きを始めることに合意することだ」と米朝首脳会談の成果についてのビジョンを語った。

 ユン氏は「現政府下でも、他の見解がある。だが、今は1つの一致した声を出さなければならないと考える。その声は大統領の声でなければならない」と強調した。

 ユン氏の見解は、現情勢下では極めて現実的で合理的な考えだ。北朝鮮の非核化はおそらくトランプ政権で達成できるようなものではなく、政権の任期を越えて努力しなければならない課題だ。米朝両首脳は非核化へ向かう大きな原則で合意しつつ、今、現実になし得ることに着手しなければならない。

 ユン氏はトランプ大統領が首脳会談を受諾した後に、北朝鮮の国連代表部へ電話して「この機会をつかまえろ」と伝えたということも明らかにした。

南北では「非核化」と「平和体制」が焦点

 韓国大統領府は3月15日、南北首脳会談のための準備委員会を発足させた。任鍾晳(イム・ジョンソク)青瓦台秘書室長を委員長にして、これを趙明均(チョ・ミョンギュン)統一部長官が総括幹事として補佐、鄭義溶国家安保室長や徐薫国家情報院長、宋永武(ソン・ヨンム)国防部長官など計8人で委員会を構成した。この下に議題分科委員会、疎通・弘報分科委員会、運営分科委員会を設置した。最重要の議題分科委員会は千海成(チョン・ヘソン)統一部次官が分科長を務める。

 当初は南北首脳会談の開催合意が大ニュースだったが、トランプ大統領が米朝首脳会談開催を受け入れたことで、南北会談の性格は、南北関係よりも核問題や朝鮮半島の平和構造をどうするかが焦点となり、南北首脳会談は米朝首脳会談の予備会談的性格が色濃くなってきた。

 最大の焦点は「非核化」だ。しかし、金正恩党委員長と韓国特使団との合意では「北朝鮮は朝鮮半島非核化の意思を明確にして、北朝鮮に対する軍事的脅威が解消され、体制の安全が保証されれば、核を保有する理由がないという点を明白にした」としている。つまり、北朝鮮の「非核化」実現のためには「軍事的脅威の解消」と「体制の安全の保証」が必要となる。これは朝鮮半島の「休戦体制」を「平和体制」に転換しないと実現しない課題だ。

「軍事的脅威の解消」のためには、朝鮮戦争の終結宣言、休戦協定の平和協定への転換が議論の対象になるだろう。「体制の安全の保証」では、米朝不可侵宣言や国交正常化が議論の対象になる。

 さらに、米国は非核化を具体的な行動で示すことや「完全で検証可能で不可逆的な非核化」を要求するだろう。だが、北朝鮮が対価もなく非核化への具体的な行動を取る可能性は低い。

 米国にとって、平和協定や国交正常化は出口であり、非核化が「入口」である。一方、北朝鮮にとっては平和協定や国交正常化がなければ非核化という「出口」はない、という主張だ。米朝はまず「非核化」をめぐる「出口」と「入口」の対立を解消しなければならない。

 おそらく、米朝が非核化を即時実施することは困難で、核・ミサイルの「凍結」から交渉をスタートさせるしかないだろう。ここでも「凍結」の対象をどうするかが問題になる。米国は北朝鮮が現在約束している核実験とミサイル発射の凍結だけでは駄目で、ミサイル開発の凍結を求めると見られる。ここでも対立が続くだろう。「開発」の「凍結」には「検証」も必要になってくる。北朝鮮の核問題とはこうした出口のないような議論を1つ1つ解決していかなければならない。

 しかし、トランプ大統領と金党委員長のキャラクターや知識を考慮すれば、そうした細かい問題を2人で議論するのは無理だろう。むしろ、2人はもっと原則的な問題で合意し、細かい問題は今後の専門家の協議に任せるしかないだろう。北朝鮮の非核化への意思表明、朝鮮半島で戦争をしないこと、休戦状態にある朝鮮戦争の終結宣言や、相互不可侵の原則などで合意するだけでも大きな成果だ。北朝鮮の核問題や平和体制の問題は、下から積み上げていく方式ではあまりに多くの問題が絡み合っているために困難であり、その意味では、米朝首脳が上からの一括解決の方針を示す方が現実的だ。

 4月末の南北首脳会談は、その「下絵」を南北で描く作業になるだろう。南北間の経済協力などは核問題が前進しないと困難である。韓国政府は南北首脳会談の定例化まで考えているようで、まずは「非核化」と「平和体制」で米朝が合意するために南北が知恵を出し合う必要がある。

米朝韓3国首脳会談の可能性も

 文在寅大統領は3月21日、南北首脳会談のための第2回準備委員会に出席し、「状況の進展によっては、南北と米国の3者による首脳会談につながる可能性もある」と述べた。文大統領は「今回の会談(複数)と、今後の会談を通じて、われわれは韓半島の核と平和の問題を完全に終わらせなければならない」と強調した。

 文大統領は「大統領就任1年以内に南北首脳会談を開くのは史上初めてで、歴史的に極めて重要な意味がある」「南北首脳会談に続いて米朝首脳会談が開かれること自体が、世界史的意味がある」とした。さらに「場所によっては、さらに劇的なものになることができる」と述べた。

 この発言は、米朝首脳会談が板門店で開催された場合、米朝首脳会談の直後に文在寅大統領がこれに合流して米朝韓3国首脳会談を開くことを示唆するものではないか、という見方も出ている。

 文大統領は「韓(朝鮮)半島の非核化、韓半島の恒久的な平和体制と米朝関係正常化、南北関係の発展、米朝、または南北米間の経済協力ができるだろう」とし「準備委員会はその目標とビジョンを実現するように戦略を大胆に準備して欲しい」と訴えた。

米朝会談はどこで開く?

 文大統領の発言は米朝首脳会談を板門店で開き、それを成功させた流れで米朝韓3国首脳会談まで開催しようというアイデアのように見える。

 史上初の米朝首脳会談だけあって、当事国のワシントン、平壌以外でも、世界各地で開催希望の声が上がっている。アジアでは北京、ウランバートル、ハノイ、シンガポールなど、欧州ではスイスやスウェーデンのストックホルムなどだ。最近の中朝関係の悪化から、北京の可能性は低いと見られる。スイスは過去に4者会談などが開かれた実績があるが、金正恩党委員長がかつて留学していたことが会談開催にプラスになるかマイナスになるか微妙だ。地元メディアなどが留学時代の金党委員長のことを報じれば、北朝鮮にとっては「雑音」になる可能性もある。

 現実的に考えれば、米朝首脳会談は米国でやっても、北朝鮮でやっても訪問する側がかなりリスクを甘受しなければならない。警備上の問題だけではなく、会談の駆け引きにおいても訪問側は不利だ。結局は第3国開催になる可能性が高いと見られる。

 最も有力なのは、米朝をここまで導いてきた仲介者である韓国での開催だ。済州島なども声を上げているが、韓国内での開催は警備面などで金党委員長側が好まない可能性があり、南北首脳会談と同じ板門店の韓国側地域にある「平和の家」が無難だろう。金党委員長にとってもわずか150メートル南に行けばいいだけである。ここであれば警備には問題はない。

 もし板門店が駄目なら、この間、水面下で米朝の仲介や拘束米国人の釈放に向けて地道な外交を続けているスウェーデンの可能性があるように思う。

事実上縮小の「米韓合同軍事演習」

 韓国国防部は3月20日、平昌冬季五輪・パラリンピックで延期した米韓合同軍事演習を「例年と同水準の規模」で4月1日から実施すると発表した。野外機動演習「フォール・イーグル」を4月1日から約4週間、海外米軍を朝鮮半島に増援する合同軍事演習「キー・リゾルブ」を4月23日から約2週間それぞれ行う。韓国軍はこうした演習の日程などを、黄海の南北間軍事連絡ラインを通じて北朝鮮側に通告した。

 米国防省によると、演習には米軍2万3700人と韓国軍30万人が参加するという。

 米韓両国は今年の演習を「例年と同水準」としているが、「フォール・イーグル」は、昨年は約2カ月間行われており、期間がほぼ半減された。また、米韓側は明らかにしていないが、今年の演習では米空母や、グアムに配備しているB1B爆撃機といった戦略兵器を演習に参加させない見通しという。

 金正恩党委員長は3月5日に韓国の特使団との会談で、米韓合同軍事演習について「4月から例年水準でやることを理解する」と発言した。さらに対話期間中は核実験やミサイル発射をしない、としている。米韓側もこうした状況を配慮し、期間を半減し、演習の中身においても空母や戦略兵器の参加を控え、事実上、演習を縮小した。

 北朝鮮は例年、韓国で米韓合同軍事演習の発表があるとこれを激しく非難するが、北朝鮮メディアは3月21日までこれという反応を見せず、沈黙した。これは金党委員長の発言を反映したものとみられる。

「米朝間に変化の機運」

 こうした中、『朝鮮中央通信』は3月20日深夜、米朝首脳会談に関連した初めてと見られる論評を出した。「荒唐無稽な詭弁で真実をまどわしてはならない」と題され、北朝鮮の変化は米国の圧力の成果という主張などを批判したものだが「最近、われわれの主動的な措置と平和愛好的な提案によって北南間には劇的な和解の雰囲気が醸成され、朝米関係でも変化の機運が現れている」と述べ、米朝関係で「変化の機運」が出ていると指摘した。

 同論評は「北南関係の大転換、それは決して天が与えた偶然ではなく、われわれの主動的な措置と熱い同胞愛、平和守護の意志がもたらした結実だ」「にもかかわらず、敵対勢力がいわゆる『制裁、圧力の効果』だのと騒ぎ立てるのは月夜にほえる犬の鳴き声だと言わざるを得ない」と主張した。

 その上で「内外の世論が、われわれの対話平和攻勢に対して、やるべき事を全てやり遂げ、持つべきものを全て手にした自信感の表現であると一様に評しているのは、決して理由なきことではない」と述べ、国家核武力を完成させた「自信」から対話攻勢に出ているとの姿勢を示した。

 だが、論評は米朝首脳会談については具体的に述べていない。論評は日本の安倍晋三政権や韓国の保守野党を批判しながら、「当事者同士が対座する前に野次馬たちが雰囲気を曇らせてどうのこうのと言うことこそ、狭量極まりないことだと言わざるを得ない。今は、自制と忍耐力を持って全ての事に対して慎重かつ上品に行動すべき時であることを想起させる」と主張した。

決裂の場合のシナリオ

 今回の南北首脳会談から米朝首脳会談への道筋が、朝鮮半島情勢の行方を決定的に決める分水嶺になる可能性が高い。最善のシナリオは文在寅大統領が指摘するように、非核化、朝鮮半島の平和体制、米朝国交正常化、南北の関係発展というものである。だが一方で、この会談が失敗に終われば、朝鮮半島情勢はこれまで以上の危機に直面するだろう。

 米国も北朝鮮も「トップダウン」方式の最高指導者だけに、会談が決裂した場合には、これを乗り越える他の手段があまり見当たらない。会談が決裂した場合は、北朝鮮に対する軍事行動の動きがより顕在化する可能性があるが、朝鮮半島で戦争が起これば、被害を受けるのは韓国と日本である。その意味で、今回の米朝首脳会談は朝鮮半情勢が平和に向かうのか、戦争に向かうのかの分水嶺のような気がする。もっともトランプ大統領の周辺は、北朝鮮への限定攻撃も辞さないとする意見を持っていると見られるポンペオ氏などの強硬派が、次第に力を拡大している。

『時事通信』によると、小野寺五典防衛相は3月19日、米太平洋軍のデビッド・バーガー海兵隊司令官らと防衛省で会談したが、バーガー氏は「外交政策が仮にうまくいかなかった場合は、われわれ軍として何かしら対応を取らなければいけない可能性も出てくる」と語り、軍事行動の可能性を示唆したという。だが、戦争は防がなくてはならない。

 これまでは、トランプ大統領が突出した発言をしても、ティラーソン国務長官やジェームズ・マティス国防長官がそれを打ち消したり、沈静化させたりする発言をして状況をコントロールしてきた。ティラーソン長官の退任で、マティス長官の役割がさらに重要になってきそうだ。

はしごを外された安倍政権

 安倍政権は、トランプ大統領が米朝首脳会談を受諾したことに大きな衝撃を受けているように見える。明らかに、はしごを外されたような狼狽ぶりだ。森友学園の文書改ざん事件で政権が危機にあるだけに、よけいに焦っている。

 トランプ大統領が米朝首脳会談を受諾すると、安倍首相はすぐにトランプ大統領に電話し、4月初旬の訪米で合意した。しかし、トランプ大統領の日程から訪米は4月中旬に延びる見通しという。金正恩党委員長と妥協するなと釘を刺しにいくようである。南北と米朝が首脳会談の見通しまで出てきたことで、日本だけが蚊帳の外にいると焦っているようだ。

 安倍首相は、「日本は『すべての選択肢がテーブルの上にある』とのトランプ大統領の立場を一貫して支持している。日米が100%共にあると力強く確認した」と言ってきた。米国が軍事行動をとってもこれを支持しかねない姿勢だ。トランプ政権と「100%共にある」のであれば、トランプ大統領が米朝首脳会談に応じたからと言って、慌てず米朝首脳会談を歓迎すればよい。米朝首脳会談は「テーブルの上」に、なかったのだろうか。

 小泉純一郎首相(当時)は2002年に平壌を訪問して、金正日(キム・ジョンイル)総書記と「日朝平壌宣言」を発表した。安倍首相も当時、官房副長官としてこれに同行した。

 小泉首相以後の歴代首相は自民党政権であれ民主党政権であれ、国会の施政方針演説など重要演説では拉致問題の解決とともに「日朝平壌宣言に基づき、不幸な過去を清算し日朝国交正常化を図るべく努力する」という趣旨の表明を行ってきた。しかし、安倍首相は施政方針演説などで拉致問題については強調するが、「過去の清算と国交正常化」には言及しようとはしなかった。安倍首相には国交正常化の考えはないと見られた。

 河野太郎外相は昨年9月、米コロンビア大学での講演で、北朝鮮と国交のある国々に対して「外交関係・経済関係を断つよう強く要求する」と迫った。また今年1月、カナダのバンクーバーで開かれた「朝鮮半島の安全と安定を議論する外相会合」でも、「今こそ各国が国連安全保障理事会の関係決議に対する忠誠心を再び示す時である。これは、北朝鮮との国交断絶や北朝鮮労働者の国外退去も対象とすることができる」と主張した。

 しかし、トランプ大統領が米朝首脳会談を受諾して以降は奇妙なことに、安倍首相が「国交正常化を目指す」とか「日朝首脳会談を模索する」といった報道が日本のメディアに急に出始めている。

『読売新聞』は3月14日付の「日朝首脳会談を模索…政府、成果見極め調整へ」という見出しの記事で、「政府が、安倍首相と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による日朝首脳会談の開催を模索していることが分かった」と報じた。

 安倍首相は3月16日に韓国の文在寅大統領と電話会談をした。各メディアとも、政府関係者の説明として、安倍首相が「日朝平壌宣言に基づき、核ミサイル、拉致問題を含め、全ての問題を包括的に解決し、国交正常化を目指す考えに変わりはない」と述べたと報じた。

 施政方針演説などで自国民に対しても明らかにしなかったのに、隣国の、あまり仲がよいとも思えない文大統領に「日朝の国交正常化を目指すという立場に変わりはない」と言ったのだろうか。隣国の大統領に言うなら、その前に自国民に語るべきではないか。他の国に国交断絶を要求しながら、自分は国交正常化を目指すというのは矛盾ではないのだろうか。北朝鮮問題は今、重大な局面に差し掛かっており、それは日本国民の生命や安全とも深く関係している。安倍政権の浮揚のための手段に利用されてはならない。

 安倍政権は明らかに、文在寅政権のこの間の仲介外交をみくびっていた。朝鮮半島で戦争を起こしてはならないという文在寅大統領の努力が、今回の南北首脳会談、米朝首脳会談の合意を生み出したことは間違いない。これが最終的に成果を得るかどうかは不明だ。しかし、朝鮮半島で戦争が起これば被害を受けるのは韓国だけでなく、日本も同じだ。歴史問題などで日韓に対立はあるが、朝鮮半島で戦争を起こさせないということでは、日韓はもっと共同の努力を重ねてもよいはずだ。安倍政権は「圧力一辺倒」で、北朝鮮をどう導いて行くのかというビジョンを提示することはなかった。その思考の欠落が現在の慌てぶりに反映されているように思えてならない。(了)

平井久志
ジャーナリスト。1952年香川県生れ。75年早稲田大学法学部卒業、共同通信社に入社。外信部、ソウル支局長、北京特派員、編集委員兼論説委員などを経て2012年3月に定年退社。現在、共同通信客員論説委員。2002年、瀋陽事件報道で新聞協会賞受賞。同年、瀋陽事件や北朝鮮経済改革などの朝鮮問題報道でボーン・上田賞受賞。 著書に『ソウル打令―反日と嫌韓の谷間で―』『日韓子育て戦争―「虹」と「星」が架ける橋―』(共に徳間書店)、『コリア打令―あまりにダイナミックな韓国人の現住所―』(ビジネス社)、『なぜ北朝鮮は孤立するのか 金正日 破局へ向かう「先軍体制」』(新潮選書)『北朝鮮の指導体制と後継 金正日から金正恩へ』(岩波現代文庫)など。

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Foresight 2018年3月23日掲載

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