「芥川賞受賞作家」石井遊佳さん 元温泉仲居で東大大学院出身の「人生修行」

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草津の温泉旅館で仲居の経験も

 大阪府枚方市生まれ。高校まで大阪で過ごし、大学は早稲田大学の法学部に進んだ。在学中に小説家を目標とするようになり、バブル期で同級生が有名企業に就職するのを横目で見ながら「生活のために働く」ことを決意する。

「作中でサラ金の場面がありますが、実際に消費者金融の会社に勤務していたことはあります。他にも洋菓子職人やスナックのホステス、医学実験用の動物を販売する会社、草津の温泉旅館で仲居など、いろいろあって思い出せないくらいです。様々な職を転々としましたが、書くことだけは続けられました。最初の頃は身辺雑記のようなものしか書けなかったのですが、約20年前にまとまったものが書けて、文藝春秋の『文学界』に応募すると最終選考まで残りました。それから賞の応募作を執筆するようになり、これまで100作ぐらいは書いていると思います」

 小説を書くためには、調べることも重要になる。どんなジャンルのものでも本を数冊も読めば概略を理解できるが、何冊読んでも全く歯が立たないのが仏教だった。そこで、学びたいという欲求も募ってきたのを機会に、まずは東京大学文学部のインド哲学仏教学専修課程に学士入学を決める。最終学歴は東大大学院人文社会系研究科博士課程満期退学だ。

「東大で夫と知り合い、結婚しました。彼はサンスクリット語の研究者で、インドに滞在するためにチェンナイのIT企業で日本語教師の仕事を見つけてきたんです。私、たまたまネパールで日本語教師のまねごとをしていたので、夫が企業に『妻も経験があります』と言い、『ご夫婦で来て下さい』ということになってしまったんですね。南インドは料理が美味しく、独自の文化が魅力的です。日本人にとっては北インドがインドのイメージですが、風習も相当に違うんです。とはいっても、インドに行きたくはなかったのに、夫の都合で向かわざるを得なくなってしまいました。でも、仏教から東大、東大からインドと繋がっていき、インドを舞台にした小説で新人賞を受賞してデビューを果たし、芥川賞まで頂くことができました。『受賞は私の独力で成し遂げたことではなく、周囲の皆さんのおかげです』という感謝の言葉は、紋切り型で凡庸な側面があると思うのですが、本当に私の場合は心からそう思いますね」

 次回作は既に2作を書き上げているが、担当編集のOKは出ていない。やはり『百年泥』のように「けったいな話」が描かれる小説なのは間違いないという。

週刊新潮WEB取材班

2018年1月22日掲載

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