衝撃証言! 愛に溢れたリーダー「西郷どん」は、じつは「心が狭い男」だった!

エンタメ2018年1月5日掲載

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 いよいよ今月7日から始まるNHK大河ドラマ「西郷どん」。番組サイトによれば、西郷隆盛は「人を愛し、故郷を愛し、国を愛し、民を愛し・・・“見返りを求めない愛”を与え続け」た「愛に溢れたリーダー」であったとされている。

 しかし、日本思想史の研究者で、『未完の西郷隆盛:日本人はなぜ論じ続けるのか』の著者である先崎彰容・日本大学教授は、西郷には「意外な二面性」があったと、以下のように指摘する。

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 たしかに「敬天愛人」を座右の銘とした西郷は、同時代の人びとからも愛嬌あふれる人物として親しまれていました。しかし一方で、西郷をよく知る周囲の人びとの中には、まったく異なる評価をする人もいます。

 たとえば、薩摩出身で、後に東京帝国大学教授となった重野安繹(しげのやすつぐ)。西郷とは同い年で、しかも西郷と同時期に奄美大島への流罪を経験しており、その人柄をよく知る人物でしたが、次のように証言しています。

「西郷は兎角相手を取る性質がある。これは西郷の悪いところである。自分にもそれは悪いということをいって居た。そうして、その相手をばひどく憎む塩梅がある。西郷という人は一体大度量がある人物ではない。人は豪傑肌であるけれども、度量が大きいとはいえない。いわば度量が偏狭である。度量が偏狭であるから、西南の役などが起るのである。世間の人は大変度量の広い人のように思って居るが、それは皮相の見で、やはり敵を持つ性質である。トウトウ敵を持って、それがために自分も倒れるに至った」(重野安繹『西郷南洲逸話』)。

 重野によれば、西郷は常に敵をつくり憤慨している人間であり、自らの度量が狭量なことを自覚していた。そして、その狭量な性格のために、明治新政府の中でも衝突を繰り返し、最終的には「征韓論」の敗北を経て「西南戦争」で自滅してしまったと言うのです。

 この証言は、思想史研究においても重要な意味を持っています。拙著『未完の西郷隆盛』でも詳述したように、右翼結社「玄洋社」総帥の頭山満(とうやまみつる)は、西郷の「敬天愛人」思想に傾倒していましたが、その頭山の影響下にあった若者の中から次々とテロリストが輩出しました。なぜ「天を敬い、人を愛する」思想から、陰惨なテロリズムが生み出されたのか――西郷の「もう一つの顔」にも注目する必要があるでしょう。

デイリー新潮編集部