味変を心底堪能「ひつまぶし」のようなNHK大河「おんな城主 直虎」(TVふうーん録)

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 ここ数年、女主人公の大河ドラマはイケメン偏重とラブコメに走りすぎて、不評が続いていた。その負の連鎖を完全に断ち切ったのが「おんな城主 直虎」だ。

 時の権力からの外圧とお家騒動の内圧に、尼→城主→百姓とトランスフォームし、逡巡と苦渋の決断を繰り返しながら立ち向かうのが柴咲コウ。初めの頃はキーキーと騒ぎ立てるコウと、澄み渡る美声で読経するコウのハイブリッド仕立て。

 途中からは麗子像ヘアで「一休さん」級のとんち合戦で魅せた。井伊さんちに幾度となく訪れる悲劇と惨劇によって、コウは諦観と慈愛に満ちたご隠居さんと化した。民を守り、お家継承を断念し、そして戦のない平和な世を目指す。謎多き井伊直虎なる人物に光をあて、興味を抱かせるのに多大な貢献をしたと思う。

 コウだけじゃない。井伊家の仇(かたき)とならざるをえなかった悲運の男・小野政次を演じた高橋一生や、トリッキー&セクシー&グローバルを担当した柳楽優弥、複雑な女心を完璧に演じた貫地谷しほりと山口紗弥加も褒めたいが、好きすぎて理性を失いそうなので抑える。

 強大な権力で理不尽な暴力を振るう悪役も皆魅力的だった。底意地悪い暴君・今川氏真(うじざね)を演じた尾上松也は、実は蹴鞠や舞踊が好きなガーリーボーイ。信用ならない人物に×をつけるデスノート&怨霊となって武田信玄を苦しめたのは迫力満点の浅丘ルリ子。信長・市川海老蔵は芝居が臭すぎて浮いた感じが、逆に功を奏した。近藤康用役の橋本じゅんも、憎々しさと体毛量があふれんばかりの好演。

 前半は今川さんちに辛酸を舐めさせられっぱなしで、中盤は銭ゲバビジネス展開と政略結婚・人身御供(ひとみごくう)で女たちのマウント大会もあり、後半は問題児の虎松(顔芸最高級の菅田将暉)が徳川さんちと絡むも、前途多難の井伊さんち。例えるならひつまぶしだ。最初はそのまま、次は薬味たっぷりで、〆は出汁(だし)かお茶の茶漬けでどうぞ、って。味変を心底堪能。すごく楽しかった!

 さて。私が心を寄せたキャラは、井伊さんちを支え続けた3人だ。武芸に秀でた小兵の矢本悠馬。「武士が女に仕える悔しさ」を「男冥利に尽きる」という矜持(きょうじ)に変換した男の鑑。そして、ディズニーアニメに出てきそうな顔の田中美央。汗と涙、鈍くささと優しさでコウをサポート。子守に馬番、木こりと案外器用で多才。このコンビも環境と心情の変化が起伏に富み、見どころのひとつだったよね。

 もうひとり、おとわちゃん時代から井伊家に仕える梅沢昌代。たけと梅の二役という遊び心は膝を打ったし、井伊家の女たちの心の拠り所だったと思っている。

 一番驚いたのは家康を演じた阿部サダヲだ。口と腰の軽い万年青年から、脂じみた中高年に昇華。菅田を色小姓扱いした場面は粘着質で鳥肌モノ。一服の清涼剤として、爽やかな井之脇海がいてくれて助かったわ。

 1年50話もあって、しかも面白いと、1本の原稿で魅力のすべてを書ききれず。ともあれ、朝ドラが驚愕つまらない分を、大河でカバーできたから、満足&感謝。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2017年12月28日号掲載

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