“絞めたて鶏”や“亀ゼリー”も 世界一の長寿大国「食」の秘密

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2年連続「平均寿命」が世界一! 長寿大国「香港」で食探訪(下)

 2010年まで26年連続でトップだった日本の女性を抜き、現在、香港は男女共に平均寿命が世界一長い国となっている(男:81・32歳、女:87.34歳)。現地取材で見えてきたのは、「医食同源」の発想に基づく食のあり方だ。『世界一の養生ごはん』の著書がある香港在住の中医学博士・楊さちこ氏は、“基本となる24種の漢方の名前と効能を、香港の人びとはすべて覚えている”と言う。

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「昼夜の食事で、体調や気候に合わせた温かいスープを飲みます。自宅で作るほか、食堂から「例湯(ライトン)」という“本日のスープ”を取り寄せることもできます。中医学では鶏が胃腸を温め、疲労回復にも有効とされていて、スープの素材はチキンが多い。素材の滋味を味わうものなので、味付けは少々の塩だけ。ここに体の悩みに合わせた具材を加えることで、解消につながるのです」

 例えば、

「お腹の不調、食欲不振には、トマトと卵のチキンスープです。香港家庭の定番で、胃腸の働きを良くします。また高血圧の人には、丸ごとのタマネギとベーコンに粉チーズを加えたスープ。血流が良くなります。足がむくんでいるなら冬瓜。皮は特に利尿作用に優れているので、丸ごと使います」

「見極め」の達人たち

 ある昼中、85歳になる主婦の李さんの買い物に同行し、調理も見せて貰った。市場では、野菜の根の部分が見えるように並んでおり、

「触ってみれば美味しいものはすぐに分かるよ」

 と、李さんは大きめの瓜に手を伸ばす。選んだ瓜は表面に細かな毛があり、柔らかだった。豆腐や春雨、キュウリなど、店の人と相談しながら具材を集めていく。例えば、こんな具合だ。

〈今日はクレソンが新鮮だから、これでスープを作るんだけど、お肉は何が合うんだっけ〉

〈それなら、煮込むと柔らかくなるし、骨から出る成分でクレソンの臭みが中和されるから、豚のわき下の肉がいいよ〉

 かくして、ポークスープと方針が決まった。自宅に戻ると、羅漢果、ナツメ、干し貝、アヒルの腎臓、みかんの皮の5種類の漢方を加えて調理開始。本来は3時間ほど煮込むのだが、この日は普及している家電「スープマシン」を使用。李さんが言うには、

「普段から油ものは食べません。体の内側にある熱と毒を冷まして出すために、野菜とスープをたくさん摂るようにしています。子どもや孫と5人暮らしですが、お手伝いさんを雇うのは嫌なので、洗濯も掃除も料理も、家のことはいつも自分でしています」

新鮮すぎる鶏肉

 もう1カ所、中心部の北に位置する「新界」にある屋内市場「大埔墟街市(タイポーフイマーケット)」を覗くと、鶏肉専門店では生きた鶏が店頭に並べられていた。店の女主人(62)が、

〈何の料理に使うの〉

〈大きさはどのくらい?〉

 そんなやりとりを客と交わし、ケージの中からリクエストに見合った一羽を選び出す。ケージには産地やエサ別に9種ほどの鶏がいて、女主人に尋ねると、

「いい鶏かどうかは胸を触れば分かる。しっかりと張りのある肉がついているのが美味しいの。私は40年間、朝5時から夜7時半まで働いてきたけど、新鮮な鶏肉を食べれば元気でいられるんだよ」

 片手で鶏の両足を掴んで縛ると、背後の男性に渡す。男性が包丁で素早く頸部を切り裂くと、鳴き騒いでいた鶏は一瞬で静まる。そのまま容器に入れ、数分後に血抜きが終わると、客から見えない場所で湯に浸し、羽を全てむしる。再び目にした時は、クリスマスの七面鳥のように丸裸であった。

 注文を聞いてからわずか20分で、値段は1キロあたり125香港ドル。これとは別に、6時間ほど前に絞めた鶏も売られていて、こちらはキロ80香港ドルなのだが、客はみな前者を買っていくという。

優先順位の違い

 さて、日本でもお目にかかれるが、香港では秋から冬にかけて蛇を食べる。夏までエサを食べて太り、冬眠の準備に入る季節が、最も太って栄養があるという。

「滋養強壮に良いとされ、身体中の血が増えるから貧血気味の人には最適です。ただし食べ過ぎると血の巡りが良くなって血圧が上昇したり、鼻血が出ることもあります」(楊氏)

 訪れた店では、店頭のガラスケースの麻袋から緑の蛇が顔を出してお出迎え。蛇肉入りスープが小さい茶碗1杯で42香港ドル。一見、鶏のささみをほぐしたようで蛇だとは分からない。相席になった20代男子学生は、

「よく食べに来ます。元気になるので大好きです」

 店内は、白髪の老人から若い女性まで満席であった。

 珍品のもう一つはデザート。亀のコラーゲン液と漢方を混ぜた「亀ゼリー」は、現地で「亀苓膠(グイリンガオ)」と呼ばれており、肌荒れやシミ予防にも有効。街のスタンドでは若い女性に人気の一品だという。

 九龍地区の「蘭苑チ館」では、プリン状の固形物が、真っ黒な液体とともに大きな茶碗に入っていた。76歳の男性オーナーいわく、

「亀の甲羅はすべてコラーゲンでできています。内臓を取り除き高温で煮詰めると、指1本分ぐらいの骨を除いて全て溶ける。これに漢方を加えて固めた亀苓膠には体の熱を冷ます効果とデトックス効果があります」

 漢方の種類や亀の分量によって価格はまちまちだが、21種の漢方が使われた80香港ドルの品を注文すると、涼茶を数十倍も苦くしたような味で先に進めず、ナツメの蜜をかけてようやく完食できた。

「ある52歳の女性は、うちの亀苓膠を10回食べたら、若い頃から悩んでいた目の腫瘍がきれいになくなった。病気になってからでなく、健康なうちに食べることで未然に防ぐのが大切です」(同)

 薬膳コンシェルジュ協会の杏仁美友・代表理事は、次のように評する。

「香港では小さい頃から個々の体質をふまえて『冷え症だからこれは食べてはダメ』などと親から教わったり、病院でもそうした話題が自然と出ます。例えばライチに似た実の龍眼は体を温めるので冷え症にはよいのですが、熱っぽい人は温め過ぎて鼻血が出るので控えましょう、といった具合です。日本の食事は『美味しいかどうか』が優先されますが、香港ではまず『体にいいかどうか』なのです」

 自身を知り抜くに越したことはないのだ。

週刊新潮 2017年12月14日号掲載

特集「2年連続『平均寿命』が世界一! 不動のトップ『日本女子』も抜き去られた!! 現地取材で『命の食』探訪! 小さな長寿大国『香港』に学べ」より

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