ホンダの社史には記されない、ヤマハとの「HY戦争」 原付バイク覇権争いの勝者は

企業・業界週刊新潮 2016年8月23日号別冊「輝ける20世紀」探訪掲載

■原付バイクの覇権を争ったホンダ・ヤマハ「HY戦争」血風録(3)

 ヤマハ・小池久雄社長からホンダへの“オートバイ業界の盟主になる”との宣戦布告で過熱した「HY戦争」は、技術合戦から経営無視の販売合戦の状態となる。そして徐々に“終戦”へ。そこに何があったのか、40年を経て振り返る。

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 昭和57年(1982年)、ヤマハは国内150万台、輸出220万台、計370万台の目標を掲げる。工場生産能力を年間400万台に上げ、1000人を新規採用する。

 一方、ホンダはこの年、45機種を発売。毎週1台ずつ新車を出す異状な状況だ。

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