「石原プロ」元幹部、渡哲也への怨嗟 「僕の退任は渡さんが主導した」

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■“荒療治”

小林正彦専務

「2000年ごろから、渡さんと小林さんの間に溝が生まれて次第に拡大し、小林さんは11年に退任しました。表向きは、糖尿病の悪化が理由だとされましたが、本当は、テレビ朝日の女性プロデューサーとの関係が原因でした。

 2000年以降、小林さんとつながるその女性の口出しが増え、03年、『西部警察』のロケ中に見物客がケガをする事故が起きると、後処理に尽した彼女の口出しに拍車がかかった。そして07年、渡さんはTBS『華麗なる一族』への出演が決まっていたのに、小林さんがテレ朝の番組を優先して降板を余儀なくされ、以後、渡さんは小林さんを恨むようになったのです。

 小林さんに辞めてもらうには、荒療治が必要で、まき子さんを除く全役員、つまり渡社長、小林専務、常務の僕、取締役の舘ひろしと神田正輝、そして監査役の渡さんの奥様が退任し、社員もみな退職する形をとったのです。

 すべての退職者に退職金を支払いましたが、金額が一番多かったのは、辞めてもらわなければならない小林さんの3億円超。僕がまき子さんに提示して了承を得ると、入院先に専務を訪ねて伝えました。ご本人は辞めるつもりがなかったようですが、この金額で納得してもらったのです。

 社長だった渡さんにもほぼ同額が支払われ、僕は約5000万円。役員と社員を合わせて退職金の合計は10億円ほどになりました。

 そのうえで、まき子会長の下、僕が実務のトップの常務執行役員になり、社員を再雇用しました。僕は13年から常務取締役に戻り、この3月いっぱいまで、石原プロの役員はまき子さんと僕の二人だけでした。

 小林専務が拒んだコンテンツの2次販売を中心に事業展開し、毎年黒字で、昨年は純利益が9500万円ほど。経営的に不備はなかったはずです」

 いわば結束して小林専務を“追い出した”はずの仲川氏と渡の間で、ボタンはいつ、どこで掛け違ったのだろうか。

 ***

(下)へつづく

特集「『石原プロ』解散へ! クビを斬られた大幹部告白『渡哲也さん、一生お恨み申し上げます』」より

週刊新潮 2017年4月27日号掲載

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