億単位の国費がつぎ込まれるFランク大学、その役割と未来は

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■巨額の補助金「Fランク大学」驚愕の授業(3)

 ノンフィクション・ライターの白石新氏が明らかにするのは、be動詞のおさらいや“共に学ぶ楽しさ”を学ぶ授業、Wordの基本を学ぶコンピュータの授業など、Fランク大学の驚くべき実態である。文部科学省からは授業レベルに改善のお達しが出るが、問題は巨額の国費がこれらの大学につぎ込まれているという点である。

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 小中学校と見まがうような授業をおこなう大学が、そこかしこにあることには驚くほかないが、なぜこんなことになっているのだろうか。実は、ことの発端は小泉改革にあるという。旧文部省はかつて、大学の新たな設置を抑制する方針をとっていたが、小泉政権下で地方分権推進の名のもとに、規制緩和が大学にもおよんだのである。

 1991年に大学設置基準が変わる前には、全国の私立大学の数は372だったが、それがこの20年で600以上にふくれあがった。その結果、半数近い大学で志願者が募集人員を下回る、いわゆる定員割れを起こしている。09年ごろからは事実上の「大学全入時代」をむかえ、状況は深刻になるばかりだ。

■Fランクに交付される巨費

多くの血税が…

「当然の流れとして、これらの大学は淘汰の時代をむかえています。文科省もその方針を打ち出しつつある。しかし、大学をつぶすとなると、手続きはそう簡単ではありません。問題は、そうこうしている間にも、Fランク大学に多額の税金がつぎ込まれていることです。教育は未来への投資だとはいえ、“漢字のおさらいをしている”大学生たちに血税をつぎ込んでいる現状は、釈然としません」(受験情報に詳しいジャーナリスト)

 では、どれだけの国費が大学につぎ込まれているのだろうか。国が私立大学に交付している補助金は、年間3000億円以上にのぼり、2015年度の「私立大学等経常費補助金」交付額は3174億2449万9000円である。

 そのうちFランク大学に交付された金額は、たとえば日本工業大学には4億5953万9000円、千葉商科大学には4億8044万2000円、北翔大学には2億5218万5000円にもおよぶ。これらの巨費で学生たちが学ぶのは、くどいようだが、be動詞や漢字なのである。

■治安を担保する役割

「問題の根本は高校にあるといえますね」

 と語るのは、日本大学文理学部教育学科教授の末冨芳氏だ。

「日本の高校の大多数は全日制普通科で、職業系は非常にすくない。職能を身につけるコースに進みたくても、その選択肢がないので、とりあえず普通科に進みます。こうして中学を卒業した生徒のミスマッチが発生し、その子たちが、とりあえず大学に進むことになってしまっているんです」

 さらに、高校は大学進学率で評価されてしまうから、生徒をどこでもいいから大学へ進学させたがる。そうした悪循環が、多くのFランク大学を存続させる一因になっているのである。

 ただし、Fランク大学にも利点がないわけではない、と末冨教授はつづける。

「地方ではFランクと呼ばれるものでも、通える大学があることが重要なんです。経済状況が逼迫している地方の家庭では、自宅から通学可能な大学がなければ、そもそも大学進学など考えることもできません。たとえFランクでも、その気があれば高度な学習はできる。そこで抜きん出た成績をおさめ、きちんと就職すれば、ひとつのロールモデルにも、地域のための人材を育てる場にもなります」

 また、前出のジャーナリストは、Fランク大学の意外な効果に言及した。

「長い不況で、高卒の就職が困難な時代がつづいています。そんななかで、高校を出ても行き場のない若者を、いったん預かる場所がFランク大学になっている。言ってみれば、治安をある程度担保する役割をになっているんです」

 たしかに、授業を受ける際のマナーさえ知らないような若者が、高校を卒業してすぐに、大量に社会に放り出されれば、ある種、脅威にもなりかねない。

 とはいっても、曲がりなりにも「最高学府」と称されるのが大学である。小中学校レベルの授業がおこなわれ、そこに何億円もの血税がそそぎ込まれる現状が健全であるとはいえない。

■専門技能をもった職業人に

 では、どうすればよいのか。教育ジャーナリストのおおたとしまさ氏は、今後のFランク大学のあり方について、こう提言する。

「“勉強”とか“ペーパーテスト”という種目が苦手な人は、無理して大学に行かなくても、それぞれの能力を発揮できて尊敬されるような社会をつくることが大事だと思います。子どもたちを画一的な価値観のもとに押し込めば、必ず順位が生じる。そのとき最下層をばかにしたり、切り捨てたりしたところで、問題は解決しないと思います」

 まさに正論だろう。すでに文科省は職業教育をおこなうコースとして、専門職業大学なる新しいタイプの大学の設立をすすめている。専門技能をもった職業人を育てることを目的とした大学で、現行の専門学校などを大学に移行するという方法がとられる予定だが、前出のジャーナリストが、

「結局、大学が増えてしまって、受験生のとりあいなんてことにならなければいいのですが」

 と懸念するように、ことは簡単ではない。

 授業内容は驚くほど簡単でシンプルなFランク大学だが、とりまく問題の難易度は、もはや特Aランクである。一刻の猶予もないこの問題にいまのところ、模範解答は、ない。

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特別読物「漢字のおさらいとbe動詞……巨額の補助金『Fランク大学』驚愕の授業――
白石新(ノンフィクション・ライター)」より

白石新(しらいししん)
1971年、東京生まれ。東南アジアと横浜で育つ。一橋大学法学部卒。出版社勤務を経てフリーライターに。社会問題をはじめ、食・スポーツ・モノなど、生活に密着した視点から幅広く執筆している。

週刊新潮 2017年1月26日号掲載

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