中日・谷繁監督、事実上の解任 落合GMの意中の人は

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「最低4年は考えてます」

 2013年10月、落合博満氏の中日ドラゴンズGM就任と谷繁元信捕手の兼任監督就任が決まった。その会見の席上で、谷繁監督の契約年数を問われた落合GMはこう応じていたのだが、その言は反故にされた。

 8月9日、中日は谷繁監督の休養を発表した。

「事実上の解任です。チーム史上初となる“4年連続Bクラス”の危険性が高まり、責任を被されました」

 と大手紙デスクが語る。

「就任当初は両者の関係は良好だったんです。亀裂が入ったのは、14年のドラフト。谷繁監督の要望が無視され、GMの独断で指名選手が決められたのです」

 このとき谷繁が要望したのは、山崎康晃(現DeNA)と高木勇人(現巨人)の両投手とされる。いずれも敵チームの主力として活躍中だが、翻って中日が獲得した選手はパッとしない。

「さらに15年のオフ、FA権を取得していた西武・炭谷銀仁朗捕手の獲得に失敗したことも、溝を深める一因となりました。谷繁は、炭谷に来てもらって監督業に重きを置きたかったのですが、落合GMは獲得に乗り気ではなかった」

 そんな二人の関係が修復不可能になったのが、今季のコーチ人事である。

「監督が招聘した波留コーチが二軍に降格し、腹心の佐伯二軍監督がクビになりかけた。監督の反発でクビは回避されたのですが……」

 佐伯に与えられたのは“守備コーチ”という、他球団では聞いたこともない屈辱的な窓際ポストだった。

「今季のコーチ陣は“落合派”で固められ、監督は思うような采配が振れなかった。そもそも谷繁が監督専任になったのは今季から。たった数カ月で見限るというのはどう見てもおかしい」

 後任は、小笠原道大二軍監督の昇格が有力。意外にも中日の二軍は、ウエスタン・リーグでソフトバンクと優勝争いの真っ最中だ。

「現役時、巨人に棄てられた小笠原を拾ったのが落合GM。もちろんゴリゴリの“落合派”です。佐伯コーチも退団が決まり、“反落合派”は一掃されました」

 最後に、3年前に話を戻そう。就任会見で落合GMはこうも語っていた。

「(GMは)監督以上に責任は重い」

 人はこれを「ブーメラン」と呼ぶ。

週刊新潮 2016年8月25日秋風月増大号掲載

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