海外旅行で覚えておくべき「コーラン」2フレーズ

国際週刊新潮 2016年7月14日号掲載

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 喉や首を切り裂かれた20人の犠牲者と、運よく逃げ出すことが出来た人質。その生死を分けた理由のひとつが、コーランの一節を知っているかどうかだった。それは、どんな言葉だったのだろうか。これから海外旅行に行くのなら、覚えておいて損はない。

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テロの現場のレストラン

 事件が起きた7月1日の夜、レストランに押し入った犯人グループは人質を外国人とバングラデシュ人に分けると、こう切り出した。

「イスラム教徒は殺さない。イスラム教徒でない者と、イスラムの世界を破壊している者を殺すためにやって来た」

 そして“恐怖の尋問”が始まった。「お前はイスラム教徒か」、「そうです」。すると、さらに容赦ない質問が飛んでくる。コーランの一節を唱えろと命じられるのだ。出来なければ待っているのは処刑である。

 中東研究センター理事の保坂修司氏によると、

「今回の事件のように、相手を殺すのにイスラム教徒かどうかを確認することは、以前からあるのです。なぜなら、イスラム教徒同士で殺し合いは出来ないことになっているから。相手が異教徒でなければジハード(聖戦)として認められない。アラビア語で“タクフィール(背教徒宣言)”と言うのですが、イスラム教徒ではないというレッテルを貼って、だから殺しても良いというロジックなのです」

 イスラム教徒以外の人たちからすれば、とんでもない理屈だが、犯人グループは、コーランの一節を言えない者を容赦なく殺していったという。それにしても、彼らは114章からなる聖典のどの言葉を要求したのだろうか。

テロ現場付近に手向けられた花

■信仰告白

「これは私の印象ですが」

 と前置きして、現代イスラム研究センター理事長の宮田律氏が言う。

「コーランそのものは、とても長いものです。その中から言葉を抜き出して唱えたとしても若者ばかりの犯行グループが、どこの部分かすぐに理解できるとは考えにくい。彼らが要求したのは、おそらくコーランの“信仰告白”の部分ではないでしょうか」

 この「信仰告白」とは、アラビア語で次のような2フレーズの発音になる。

〈ラーイラーハ イッラッラー、ムハンマド ラスールッラー〉

「日本語では“アッラーの他に神はなし、ムハンマドはその使徒である”という意味です。これは、非常にシンプルなフレーズで、信仰の基本の言葉。仏教にたとえると“南無阿弥陀仏”のようなものです」(同)

 もちろん、信仰告白が言えたからといって、相手にイスラム教徒だと思ってもらえるとは限らない。

「しかし、イスラムに親近感を持っていることは伝えられる。実際、イスラム教の聖地であっても、入り口でこの一節を言うと入れてくれることもあるのです」(同)

 ベンガル語が使われるバングラデシュでも、基本的な礼拝はアラビア語。この発音は通じるという。

「どうしてもイスラム圏に行かなくてはならない人は、身の安全のためにも役立つかもしれない。是非覚えておいてほしいですね」

 そう、宮田氏は言うのである。

「特集 彼の地で汗をかいた邦人7人の悲劇 『私は日本人だ』を一顧だにしない『バングラ・テロ』」より