バングラ・テロ現地取材 日本人の犠牲に警察幹部「私は恥ずかしい」

国際週刊新潮 2016年7月14日号掲載

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 治安部隊の作戦が終了したおよそ53時間後、むせ返るような暑さのダッカに入った。現地で取材に応じた警察幹部は、「恥ずかしい」と繰り返した――。

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テロのあった現場付近で警戒に当たる警察官

 テロの現場となった店から車で5分。グルシャン警察署のジャキール副署長はベンガル語でこう話した。

「我々警察にとって今回の事件は非常にショックな出来事であり、彼ら(テロリスト)を決して許しはしない。ただ、その中で日本人が7名も犠牲になってしまったことは、我々にとって、非常に恥だと思っている」

 そこまでを一気に喋ると、副署長は机の上に身を乗り出し、声のボリュームを上げて言葉を継いだ。

「彼らはバングラデシュを良くするために日本から来てくれた。バングラデシュの地下鉄などインフラプロジェクトで一生懸命に働いてくれた。彼ら日本人は非常に温和で平和的な人間だ。そんな人たちを救えなかった。そのことを恥ずかしいと思う。とても、とても恥ずかしいと思う。我々にとってもショッキングなことだ。助けに来てくれたというのに……」

■欧米人がいない

献花台に集まる人々

 東京・羽田からタイのバンコクを経由してダッカのハズラット・シャージャラル国際空港まで約12時間。到着したのは現地の時間で7月4日午後1時頃だった。バングラデシュに入国するにはビザが必要で、東京にあるバングラデシュ大使館のHPには、〈緊急の事情がない限り空港到着後のビザは発給されません〉とある。が、実際には空港でビザを入手するのは簡単で、容易(たやす)く入国できてしまう。

 空港から一歩外に出ると、凄まじい湿気でメガネが真っ白に曇る。バングラデシュ人のガイドと落ちあって空港を後にし、交差点で停車するたびに窓ガラスを叩く物乞いを振り払いながら15分ほど走ると、閑静な住宅街に入る。さらに5分ほど行ったところの交差点に人だかりができていた。

「ここですよ」

 ガイドに言われて車を降りると、そこはテロがあった店へと向かう79番通りを警官隊が封鎖している場所だった。献花台が設けられ、野次馬などでごった返しているが、そこからでは現場となった店は見えない。そこで78番通りを使って近づくと、警察の規制線の先に、白いテーブルや椅子が散乱した店の1階の様子を目にすることができた。

 店から湖を隔てた対岸に移動すると、店の現在の様子がはっきりと見て取れた。1階部分は嵐の後のように様々なものがひっくり返っているのに、それとは対照的に2階部分のテーブルや椅子は不気味なくらい整然と並んでいる。

 聞くところによると、湖の対岸の辺りは普段、各国の外交官などが犬を連れて散歩する場所だというが、見渡してもそれらしき人はいない。そういえば、テロ現場付近ではっきりと欧米人だと分かる人に1人も出会っていない。テロの影響なのは明らかだった。

 スコールが降り出す中、グルシャン警察署へ。

「IS(イスラム国)の連中がまだバングラデシュにいるかは分からない。撲滅できるかどうかも不明だ」

 そう話すジャキール副署長の顔には、不安げな表情が浮かんでいた。

「特集 彼の地で汗をかいた邦人7人の悲劇 『私は日本人だ』を一顧だにしない『バングラ・テロ』」より