デイリー新潮

社会

トイレに老紳士が出現! 41歳で脳梗塞になったルポライターによる「セルフ取材」闘病記

■41歳で脳梗塞に

 脳が壊れたら、世界はどう見えるのか。

 脳梗塞などで脳に機能障害を抱えると、たとえ軽度のものであっても日常に支障が生じることは、常識となっている。

 が、一方でそのような障害を抱えた人に、世界がどう見えているか、といったことはあまり伝わっていない。

 言うまでもなく、多くの当事者はそれを表現することに困難があるからだ。

『最貧困女子』などディープなルポのライターとして、また人気漫画『ギャングース』のストーリー共同制作者としても知られる鈴木大介さんは、昨年、41歳の時に脳梗塞となり、現在も高次脳機能障害が残っている状態である。

 しかし、職業柄、自身(の脳)に起こった変化を発症直後から客観的に観察することができた鈴木さんは、障害が軽度であることも手伝って、これまでの体験を著書の形でまとめることに成功した。

Dr.週刊新潮 2017 病気と健康の新知識

 実際に、どのようなことが起きたのか。

 発症直後の不可思議な体験がユーモラスに綴られている著書『脳が壊れた』から、いくつかのエピソードをご紹介してみよう。(以下、引用は同書より)

①トイレの個室に老紳士が出現!

 入院初日、点滴をひきずりながら、車いすも入れる大きめのトイレに向かった鈴木さん。よろめく足で個室に入って左側にある便器の方を見ると、その空間に突然入院着を羽織った白髪の老紳士が出現!しかも、座って、まさに大便の最中だ!

「このジジイ!まさかテレポーテーションの使い手か? 俺をショック死させるつもりか!」

 と大いに戸惑いながらも、「おうもういあえんえいあ(どうもすみませんでした)」とお詫びしながら鈴木さんはトイレから去った――。のちに判明したのは、老紳士はテレポーテーションの使い手ではなく、当時の鈴木さんは左側への注意力を持続するのが難しい脳になっていたということだった。簡単に言えば「左方面を見ることができない」状態だったのである。

 老紳士はたまたま鍵をかけ忘れていたため、そこに入ってしまった鈴木さんが、顔を左側に向けたときにようやく、事態に気付いた、ということが事の真相であった。

②道路が渡れない!

 左側を見ることができないために、鈴木さんは病院の敷地の間を走る道路が渡れなくなった。

 つまり、普通は「右見て左見て右見て、手を挙げて横断」で済むところが、①右を見て迫ってくる車がいれば目が離せなくなり、目前を通過するまで見送る、②すかさず左を見るが、左方面に見落としが多いのが分かっているから時間がかかる、③その間に右から車が来る、④その車に注意していると目が離せなくなり……の繰り返しになってしまうため、いつまでたっても、足を踏み出すことができないのである。

③感情が抑えられない

 入院患者仲間の老人が誰かに似ている。そうだ!「ガンダム」に出てくるデギン公だ!

 それに気づいた鈴木さんは、以来、そのデギンさんと遭遇すると目を離せなくなり、笑いが止まらなくなってしまう。

 脳の中にある感情を抑制する部位にダメージを負ったことで、喜怒哀楽あらゆる感情が激しく発露するようになってしまったのである。

「その時の僕の姿をストレートに言えば、こうである。

『右横のオッサンを、よだれ垂らしながらニヤニヤしてジト見する人』

 これはいかん。

 脳内で、デギン公の名言『だからこそ戦争回避の努力をせねばならぬものを……』がグルグルと巡りだすと、いよいよ面白さは抑え切れなくなる」

 さまざまな怪現象や後遺症に苦しみながらも、リハビリがうまくいったこともあって、鈴木さんは現在は仕事に復帰している。

 ともすれば、深刻で暗くなりそうな体験談を、鈴木さんが「セルフ取材」の成果として明るく描いている点も、本書の特徴だろう。

『バカの壁』『唯脳論』など、脳に関連した著作の多い養老孟司さんは、この本について次のように推薦のコメントを寄せている。

「『脳が壊れた』と、と聞くと普通の人は絶望的な印象を受けるかもしれないが、必ずしもそうではない。読後感がとても明るいところもまた本書の貴重なところだろう。

 脳梗塞が、著者にとっては人生の修正につながった。『病気のせい』でものごとが悪くなるのではなく、『病気のおかげ』で結果オーライになることもあるのだ」

デイリー新潮編集部

  • 2016年6月24日 掲載
  • ※この記事の内容は掲載当時のものです

この記事の関連記事