オバマ大統領の矛盾…広島訪問にも核発射ボタンを持ち込んでいた

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 伊勢志摩サミットを終えた米国のオバマ大統領は5月27日、原爆投下国のトップとして初めて被爆地・広島を訪れ、慰霊碑に献花した。が、「8月6日の記憶を薄れさせてはならない」と訴えて宥和ムードに包まれたセレモニーは、その裏で大きな矛盾を孕んでいたのだ。

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「核のフットボール」を携行する軍人(写真中央)

〈あらゆる矛盾は、一度極限まで行く〉

 とは、米国の誇る世界的投資家ジョージ・ソロスの言である。広島に降り立ったオバマ大統領は、平和記念公園において、

〈私の国のように核を保有する国々は、恐怖の論理にとらわれず、核兵器なき世界を追求する勇気を持たねばならない〉

 そう謳いあげ、式典に招かれた被爆者と抱擁を交わし、慰霊の地を後にした。

 が、まさにその最中、彼は大いなるパラドックスを抱えていたのである。

「アメリカ大統領は、つねに核兵器の発射命令を出せるよう指揮通信装置を携行しています。この正式名称は『大統領非常用手提げカバン』、通称『核のフットボール』と呼ばれています」

 とは、軍事アナリストの小川和久・静岡県立大学グローバル地域センター特任教授。初期の核攻撃計画のコードネームが「ドロップキック」だったことに由来するといい、

「カバンは米国の5軍、すなわち陸海空、沿岸警備隊と海兵隊の佐官クラスから1名ずつ選ばれた大統領の軍事補佐官が、交代で番にあたります。国内の公務から外遊先、さらにジョギングやゴルフといったプライベートにも絶えず彼らがついて回るのです」(同)

 ゼロハリバートン社の革製で留め金は3カ所、重さは20キロほど。肝心の中身は、

「攻撃命令を送信する通信機のほか、目標と作戦計画のリストや緊急時のペンタゴンに代わる指揮所リスト、そして大統領自身の暗証コードや攻撃を可能にするコードが収納されています。また、通信機を立ち上げるには、大統領が別個に携帯しているとされる『ビスケット』と呼ばれる暗証カードが必要になります」(同)

 ホワイトハウスには核攻撃を命令できる装置が備わっており、そのモバイル版というわけで、予備は副大統領用と、さらにホワイトハウスの地下にもあり、大統領が代わるたび暗証コードは改められるという。

「外遊時は、大統領専用の空軍機『エアフォースワン』とともに、同形で空中指揮センターの役割を担う通称『空飛ぶペンタゴン』が必ずペアで飛ぶことになっています。核のフットボールから送信した命令は、ここを通って国防長官の確認を経て、各部隊に送られます。最終的に発射キーを回すのは原子力潜水艦の艦長など、現場の軍人となります」(同)

 シアトル沖に配備されている原潜のミサイル(SLBM)であれば、キーを回して20分ほどでモスクワに到達するという。 

 その物騒な黒カバンが今回、サミットを経て広島にもお目見えした。演説する大統領からやや離れた場所には、携行した空軍将校の姿が──。核兵器廃絶の旗振り役が、世界に2つしかない被爆地に“核の起動装置”を持ち込んだのである。

「オバマさんが広島に滞在した1時間40分ほどの間、広島が実質的な“発射基地”になっていたわけです。その傍で平和を語るという状況たるや、まるでマンガのような滑稽さです」

 そう断じるのは、原爆ドームの世界遺産登録に尽力した平岡敬・元広島市長。このカバンで作動できる米国保有の核兵器の威力は、広島型原爆(15キロトン)の実に2万2000発分に相当する。

「主語」のなかったスピーチ

「スピーチの『71年前の雲一つない明るい朝、空から死が舞い降り……』との出だしからして他人事のようでした。落としたのは誰で、広島で殺戮をしたのは誰なのか。そこに触れず、まるで自然現象であるかのような言い回し。やはり『作戦は過ちだった』と、きちんと認めてほしかった」(同)

■兵器削減は最低水準

 平和を希求すべき式典の片隅で核のカバンが妖しく黒光りしているとは、さながら寓話の類。その根底に横たわるのは、より深刻な“矛盾”なのである。

 オバマ大統領は、就任から間もない09年4月に核廃絶への決意を込めた「プラハ演説」を行い、10月にはノーベル平和賞を受賞。が、掛け声とは裏腹に、作業は遅々として進まない。未来工学研究所の小泉悠・客員研究員が言う。

「ロシアとの間で10年に締結し、翌年発効した『新戦略兵器削減条約(新START)』では、戦略核弾頭の上限を1550発と定めましたが、この上限はあくまで配備数で、保有数ではない。いざという時のために、両国とも膨大な予備核弾頭を貯蔵しています。実際ロシアは、今後5年で退役する大陸間弾道ミサイル(ICBM)に代わる新型を製造しており、新STARTで制限されていない戦術核(射程距離500キロ以下)についても削減には後ろ向きです」

 何となれば、

「NATOや中国を仮想敵国とした場合、通常戦力の弱さを補う方法が他にないからです。だからロシアは、アメリカがNATOに提供し、ポーランドやトルコに配備している『B61モデル11』という戦術核を撤退させなければ削減には応じないとしている。米ロの核軍縮を進めるには、中国やNATOを巻き込んだ協議の枠組みも必要なのです」

 プーチンが大統領に返り咲いて以降、米ロ交渉は停滞。当のオバマ政権も、削減した核兵器は702発と、冷戦後の政権では最低水準である。その一方、今後30年間で1兆ドル(約110兆円)もの予算を核兵器近代化に充てているのだ。

「目下、モデル11を進化させて精密誘導を可能にした『モデル12』の開発を進めています。これは出力を最小限に抑え、威力を調節してピンポイントで軍事施設を狙えるのです」(同)

 とのことで、拓殖大学海外事情研究所の佐藤丙午教授も、

「オバマ大統領は就任直後に『新しい核兵器は造らない』と宣言しました。が、核弾頭の『寿命延長計画』に力を入れ、旧式を改造して実質的には性能の向上した新兵器を造っている。核弾頭の寿命は大体30年とされ、アメリカでは老朽化具合が7段階で表されます。『7』が廃棄ですが、彼は6と7の間に6・5を設け、『6』の段階にある旧式を近代化して寿命を延ばそうとしているのです」

 世界の核保有国は9カ国。ストックホルム国際平和研究所によれば、15年1月時点で核弾頭数の合計は1万5850発。ロシアが7500で米国が7260。日本にとってとりわけ脅威となる中国は260と、前年より10発増やしているのだ。

 元海将補の川村純彦氏によれば、

「中国に歯止めをかける条約は今のところありませんが、260もあればアジア圏の抑止力としては十分。それより彼らが力を入れているのは運搬方法や使用法です。現在の『東風DF26』などは射程距離が3000~4000キロ。日本はおろかグアムまで届きます。こうした中距離弾道ミサイルが数百発と、翼をもつ巡航ミサイル約1000発が日本に向けられている。ことが起これば、アメリカの航空母艦も近寄れない。実際に『危険が去るまでは行きません』とアメリカ側も明言しているのです」

■「守ってくれるのか」

 唯一の被爆国ながら「核の傘」が頼りの日本もまた、ジレンマを抱えている。京都大学の中西輝政名誉教授(国際政治学)が言う。

「核兵器不拡散条約(NPT)では、保有国は非保有国の安全を守らなければならないとなっている。つまり加盟国は、安全の保障と引き換えに核の不保持を約束しているのです。だから、アメリカの核の傘に守られることは当然の権利ともいえますが、かりに日中が衝突したら、アメリカは本当に守ってくれるのか。実際には自動的に参戦するわけではなく、米議会の承認など憲法上の手続きが必要です。その隙をついて中国が尖閣に軍艦を出撃させた時、アメリカは日本人のためにワシントンを核の危険にさらしてまで、中国と睨み合いをするでしょうか。その信ぴょう性が未知数だからこそ、英仏は自前で核武装したのです」

 翻って日本では、

「そもそもアメリカや国内世論が認めませんが、NPT条約の第10条には緊急条項があり、自衛のためやむを得ない場合は脱退できる。もっとも、たとえこれに則って核武装したとしても、中国の対日核戦力が増強された現在では手遅れです」

 というのも、

「国連憲章の第53条と107条の『敵国条項』では『旧連合国が、“旧枢軸国が戦争を起こそうとしている”とみなした場合には、安保理決議を経ずに攻撃しても侵略にはあたらない』と解釈されています。つまり、日本がもし核武装しようとすれば、その時点で中国に“日本は侵略戦争を始めようとしている”とみなされ、国連憲章に則った対日制裁として核攻撃を仕掛けられる可能性がある。だから日本は核の傘に頼るしかないのですが、中国よりロシアを危険視するアメリカ一辺倒のままでは、はなはだ心許ないと思います」

 空疎なスピーチを有難がっている場合ではないのだ。

■真珠湾とは次元が違う

 大統領の任期は来年1月まで。11月以降は、政権引き継ぎ期間に入る。就任から7年余り、本国ではもはや「レームダック」と見なされており、在米ジャーナリストの古森義久氏も、

「国内では『ノーベル平和賞を返還せよ』との声が、“身内”のリベラル側から上がっています。歴代民主党政権で核軍縮を担当したバリー・ブレクマンという大御所が発表した論文には『ノーベル平和賞は通常、実績に対して与えられるが、彼に限っては“これからやります”との言葉に与えられた。プラハ演説以降、むしろ核は拡散しており、核なき世界を遠くした』とあります。オバマ自身も『世界に一カ国でも核を持つ国がある限り、アメリカも持つ』と言っており、自己矛盾は明らかです」

 さるワシントン支局特派員も、こう言うのだ。

「広島での演説は、プラハのように具体的な政策メニューが盛り込まれず、ただ感傷的でした。半年余りで辞める人が後の政権を縛ることはできず、つまりは『核廃絶』の訴えには何の効力もないに等しい。メディアもすでに、トランプやクリントンに注目を移している。そのクリントンは、医療保険制度改革(オバマケア)やマイノリティ保護など、内政面では政策継続を訴えていますが、肝心の軍事・外交面ではオバマとは路線を異にしているのです」

 象徴的なのはシリア政策だという。

「彼女はトルコとの国境上空に飛行禁止区域を設定する提案をしています。アサド政権の空爆に晒される市民を保護するためですが、その後ろ盾であるロシアを刺激したくないオバマは、これに猛反発しました。ウクライナに続いてシリアでも対立すれば、ロシアと一触即発。クリントンは、より積極的な軍事戦略を描いていると見るべきです」

 そうした政権末期にあって、にわかに鎌首をもたげ始めたのが「真珠湾慰霊要請」である。

「5月上旬には米外交誌『フォーリン・アフェアーズ』が『安倍総理は返礼として、ハワイで今年開かれる真珠湾攻撃の75周年式典に出席すべきだ』という論文を掲載しました。総理自身は25日、大統領との共同会見で『ハワイを訪問する計画はない』と述べましたが、続く27日にはワシントン・ポスト紙が、米政府高官の発言として『(総理が)本当に来なかったら驚きだ』と報じたのです」(同)

 が、前出の平岡元市長は、

「2つはまるで次元の違う話だと思います。パールハーバーで日本が責められたのは、宣戦布告の通告が間に合わず、奇襲という形になってしまったことでした。それでも軍事施設を狙った攻撃で、原爆のような無辜の民の虐殺とは全然違う。大体、アメリカはそれを言えるはずがない。彼らが戦後やってきたのは、中南米でもベトナムでも宣戦布告なしの爆撃ばかり。『何を言っているのか』という話です」

 そう指弾しながら、

「オバマさんは結局、任期の最後になってキューバを訪れ、日本に来る前にはベトナムに寄りました。いずれもアメリカの歴史の中では大きな意味を持つ場所です。広島は彼の『レガシー(遺産)作り』の舞台にされてしまったわけですが、私は『広島は貸座敷ではない』と言いたい。プラハで言ったことの実績が作れなかったから広島で締めくくりたかったのでしょうが、政治家には言行不一致が多いとはいえ、非常にみっともないと思います」

 わざわざ花道をお膳立てして差上げる必要など、なかったのだ。

「特集 『核発射ボタン』を広島に伴った『オバマ』大統領の自己矛盾」より

週刊新潮 2016年6月9日号掲載

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