満天の星空みたいに、壁にゴキブリがびっしりと…〈清掃人は見た! あなたの近所の隠れた「汚部屋」(1)〉
国内 社会 週刊新潮 2016年5月5・12日ゴールデンウイーク特大号掲載
過剰に「清潔」に気を遣う現代社会の陰で、その対極にある「汚部屋(おべや)」がなぜか増殖中という。閉ざされたドアの向こうには、何が“堆積”し、誰が“棲息”しているのか。ノンフィクション・ライターの福田ますみさんが、清掃業者の証言から描く、その隠された実態。
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世は春爛漫の候だが、あえて季節外れの句をひとつ。
秋深き隣は何をする人ぞ
有名な芭蕉の俳句である。
晩年の芭蕉が「孤独」をあらわした傑作とされるが、寒くなって障子や雨戸が閉められ、隣人の動静がわからなくなったという「季節感」も、句に趣を添えているのであろう。
だが時は流れ、移ろう季節の風情を味わうのに、現代の集合住宅は全く不向きだ。夏冬問わず、常時ドアは固く閉ざされ、中の気配を窺うこともできない。それこそ、壁一つ隔てた向こうにどんな人間が住んでいるか、知るよしもないのだ。
こうした集合住宅に、今、密かな危機が忍び寄っている。たとえば、こんな心当たりはないだろうか? 自分はきれい好きと自負しているのに、なぜか部屋にゴキブリが大量発生! それはもしかしたら隣室に、天井まで届くほどの生活ゴミの「地層」ができあがっているからかもしれない!
そう「汚部屋」、つまりゴミマンションが増殖中なのだ。
汚部屋が増殖中。清掃業者によると依頼者の男女比はおよそ半々から3:7。女性の方が多めなのだとか
以前から問題になっていたゴミ屋敷は一軒家だから、近隣への迷惑という点では、ゴミマンションの方がより深刻で切実だ。しかも密室であるため可視化されず、その分、厄介でもある。
深刻化の表れだろうか、ネットで、「ゴミ+部屋+清掃」と検索すれば、山のように「ゴミ屋敷」清掃代行業者の名前がヒット。多くは便利屋やリサイクル、産廃、引っ越し業者などが本業の傍ら行っているが、中にはゴミ掃除の専業もいる。
毎日のようにゴミの山と格闘し、現代社会の「病理」とも言うべき「汚部屋」を知り尽くす彼らに、利用者の実態や傾向を聞いてみた。
■壁という壁に…
まずは、ゴミマンションとは、どのレベルの汚れをまとっているものなのか。
「ドアを開けた途端、何年もかかって堆積したゴミの山に阻まれ、1メートル進むのに3時間かかることもあるよ」
14年前、引っ越し業の立ち上げと同時にゴミ屋敷の清掃代行も行うようになった「クリーンエンジェル」の代表者Y氏は言う。まるで、エベレストの頂付近で、一歩登るのに難渋するアルピニストのようだ。
「ゴミのほとんどは、雑誌、本、新聞、ビールの空き缶、ペットボトル、コンビニ弁当の殻、衣類。これらのゴミの間を縫うように、タコ足配線の電源コードが四方八方に伸びている。ゴミ屋敷の場合だと、外から他人の生ゴミを持ち込んじゃうことがあるけど、ゴミマンションの場合はまずそれはない。とにかく捨てられないんだ」
ゴミの山に電源では、いつ火事になってもおかしくない。マンションの場合、それは周囲の部屋を危険に巻き込むことを意味する。
船橋市に本社を置く「エコフレンドリー」は、4年前、ゴミ清掃と遺品整理に特化して始めた会社。今では、前者の依頼だけでも、月に約30件あるという。
代表取締役の坂田栄昭さんが苦笑を交えながら語る。
「ちょっとやそっとの汚部屋には慣れていますが、マンションの一室がそのまま、ゴキブリ部屋と化しているのを見た時はさすがにぞっとしました。壁という壁に、まるで満天の星空みたいに、大小さまざまなゴキブリがびっしり張りついている。なにしろ、火災報知機の中にも入りこんでいたくらいで、とてもすべてを駆除できません。隣室に逃げ込んだのもいたと思います」
■バスタブの中になみなみと…
男と女では、ゴミの質が違う
業者が口を揃えるのは、依頼主は、男性より女性の方が多めだ、ということ。
男女比はおよそ半々から3:7ほどになるという。
テレビなどにも数多く出演しているゴミ屋敷清掃と遺品整理の代行業「孫の手」。ゴミ屋敷清掃だけで1日2軒はこなす佐々木久史社長は、「男と女では、ゴミの質が違う」と言う。
「女性の場合は、血の付いた生理用ナプキンや食べ残しの弁当、腐った食材なんかが目立って、いわゆる“質の悪い現場”なんですよ。それに比べると男性は、同じように弁当箱が散乱していても完食しているし、ほとんど乾いたゴミですね」
確かに同じゴミでも“乾きもの”の方が臭いも少なく、後始末も容易だろう。
先の「クリーンエンジェル」Y氏も言う。
「女の子の部屋だと、生理用ナプキンが散乱していたり、テレビの後ろから汚れた下着がいくつも出てきたり。恥ずかしくないのかって? いや、彼女たちはケロッとして言うんだよ。“他のゴミと一緒じゃないですか”って。まあ、部屋全体がゴミためだから、どこに捨てても同じってことだろうね」
女性の場合、ペットの飼育から汚部屋に至る例も少なくない。
「猫を30匹飼っていたところは部屋中が猫のトイレになっていた。ペットじゃないけどネズミやゴキブリもよくいる。客の前では“出た!”と言いにくいから、うちではネズミを『ミッキーさん』、ゴキブリを『タローちゃん』って呼んでる」(佐々木社長)
前出のY氏も、大量の土を床という床に敷き詰め、部屋全体がウサギ小屋と化した一室に出くわしたことがある。
こうした汚部屋の場合、たいてい、トイレや風呂も、口にするのもはばかられる惨状を呈している。
「私が見たのは、バスタブの中になみなみと、モノがたまっていたケースです。トイレが詰まって使えなくなって、そっちでやっていたんでしょうね。名前を言えば、誰もが知っている有名企業に勤めている女性は、部屋の一角に、40センチ四方の塊を作っていました」
横浜市の代行業者「アクト片付けセンター」の代表取締役・木下修さんは、驚愕の話をこともなげに披露するのである。
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「特別読物 食事中の閲覧注意!『ゴミ屋敷』清掃人は見た! あなたの近所の隠れた『汚部屋』――福田ますみ(ノンフィクション・ライター)」より