公正取引委員会から処分を受けた「朝日新聞」の部数水増し エース記者による内部告発も

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「内部告発」が基の企業追及は、新聞社が得意と自負するところ。とりわけ、「調査報道」が売りの朝日新聞にとっては、自家薬籠中の手法のはずだ。しかしこの度、その朝日が記者と販売店から実態を暴露されてしまった。それも「部数水増し」3割という現実を――。

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朝日の渡辺雅隆社長

 その時は「ささいなこと」に見えたけれど、後から振り返れば、歴史の変わる大きな「転換点」だったと指摘される出来事がある。

 今年に入り、朝日、いや、日本の新聞社の経営事情を根本的に変えるかもしれない“事件”が2つ起こったのをご存じだろうか。

 ひとつは新聞を「売る」現場から、もうひとつは新聞を「作る」現場から。別々の方向から放たれた「内部告発」の矢であるが、それらは同じ的を、同じ軌道で射抜いていたのである。

 前者が起こったのは、3月末のこと。

 朝日の関係者が言う。

「この日、うちは、公正取引委員会から口頭で『注意』を受けたのです。数年前、ある販売店から“注文部数を減らしたい”と申し入れを受けたにもかかわらず、うちは何度も再考を促した。その件を持ち込まれてしまいました。『注意』自体は、処分の中で最も軽いですが、その対象は新聞社の最大のタブーである『押し紙』行為に関わるもの。そこに手を入れられたことで、社内に衝撃が走っています」

 押し紙とは何か?は後述するとして、後者の出来事は2月15日。日本記者クラブで行われた記者会見の席でのことである。

 この日のゲストは、公正取引委員会の杉本和行委員長。競争政策や独占禁止法について、各紙の記者が質問をした後、最後の質問で、

「今、販売現場でどんなことが起きているんだろうと(朝日の)販売店を調べに行った次第ですが――」

 そう切り出したのは、朝日経済部の大鹿靖明記者。講談社ノンフィクション賞も受賞した同社の「エース記者」として知られた存在だ。

「そこでお話を伺うと、相当、押し紙が横行している、と。みんな新聞社から配達されてビニールでくるまったまま、古紙回収業者が回収していく。私が見聞きした限りだと、25%から30%くらいが押し紙になっている。どこの販売店主も何とかしてほしいけれども、新聞社がやってくれない、と。これについて委員長、どのようにお考えでしょうか」

 これに対し、委員長は、「実態が発見できれば、必要な措置をとる」と回答し、ひと月余り後、前述のように朝日に処分が下されたのだ。

 これらがなぜ、衝撃的なのか。

■約200万部の“読まれない新聞”

朝日新聞本社

「押し紙とは、新聞社が部数の水増しのため、実際に配達されている部数を超えて販売店に注文させ、買い取らせる新聞のことです」

 と解説するのは、新聞販売問題について詳しい、ジャーナリストの黒薮哲哉氏。

「例えば、実際の購読者が700世帯の販売店に1000部を注文させれば、300部が押し紙となる。これは独占禁止法で禁じられていて、これまで朝日に限らず、数多くの新聞の販売店主が公取に資料を持ち込んできましたが、処分はほとんどありませんでした。今回、公取が注意に動いたのは画期的なことで、いよいよ“本気”になったのか、と思います」

 後者の驚愕度については、説明を必要としないだろう。

 ABC協会の最新のデータによれば、朝日の販売部数は約670万部。このうち、「押し紙」、すなわち、実際に配達されない新聞が最大30%も存在するとすれば、その数は約200万部に上る。これだけの新聞が毎日読まれることなく、古紙に出されているとすれば、誰もが資源の無駄遣いに仰天するが、その実態を、自社の「スター記者」が取材で明らかにし、公の場で暴露してしまったのだ。

 小誌(「週刊新潮」)は2014年度の朝日の販売内部資料を入手し、昨年報じたことがある。そこには、新聞社が販売店に送った部数のうち、「発証率」、すなわち「領収書を発行した部数の割合」は約7割と記されていた。領収書発行≒実売と考えてよいから、配達されていない部数は約3割。この点からも、大鹿発言の正しさは十分に裏付けられるのである。

■コンプライアンス委員会に…

 この“事件”は、新聞に一体、何をもたらすのか。

「今回の注意を受け、4月頭、店主に〈新聞の部数注文に関するお知らせ〉という文書が配られました」

 と言うのは、朝日の現役の販売店主だ。

「そこには〈本社は注文部数を超えて新聞を供給しない〉〈担当者との間で問題があった場合は、コンプライアンス委員会に連絡をしてください〉と記されていた。これを受け、うちの店主たちは、“今だ!”と雪崩のようにこれまでの注文部数を下げてくると思います」

 朝日に限らず、新聞販売店にとって、買い取った「水増し分」の部数は購読者がいないから、代金を回収できない。普通なら丸損になるところ、水増し分にも入れている「折込チラシ」の代金と、本社からの補助金で相殺してきた歴史がある。景気が好調で、折込が山のように入った頃は、チラシの代金欲しさに自ら実売より多い部数の新聞を注文する店主もいた。これを「積み紙」「取り紙」などと呼ぶが、いずれにせよ部数の水増しには変わりない。

 しかし、と、先の店主が続ける。

「景気の低迷と、インターネット広告の出現によって、折込チラシの量はこれまでの半分程度にまで落ち込んでいる地域もある。こうなると、水増し分が重荷になりますから、今では切れるものなら切りたいと思っている店主がほとんどです」

 一方の本社側は、注文部数を「言い値」で減らされては、ABC部数は下がる一方だから、あの手この手でその要求をかわしてきた。ところが、今回の公取の「注意」で、それも出来にくくなりそうなのだ。

 仮に、である。

 販売店主たちがすべての水増し分のカットを要求し、朝日がそれにすべて応じたとしよう。先ほど述べたように、部数は3割減少する。朝日の収入のうち、部数に連動する「販売+広告収入」の割合は9割(2016年採用HPより)。その3割が消えると収入の約27%が一気に吹っ飛ぶことになる。背筋が寒くなる数字である。

「今回の公取の調査が始まったのは、昨年の秋からですが――」

 と言うのは、先の店主。

「その調査が進んでいた昨年12月、本社は補助金制度を改定しました。これまで1部当たり300~800円程度販売店に出していた補助金を、総額こそ変わりませんが、ある一定の部数より上の部数についてのみ1部1500円出すことにしたのです。逆に言えば、我々は紙を1部切る度に、これまで300~800円程度だったマイナスが、1500円になることになる。僕らの間では、今回の処分を見越して、店主が紙を切れなくなるよう、予防線を張られたと捉えています」

 しかし、こうしたマイナスがあったとしても、水増し分の部数を抱えるデメリットの方が大きく、部数返上の流れは止まらないと、この店主氏は言うのである。

「特集 『エース記者』『販売店主』内部告発!『朝日新聞』部数水増し3割で『大新聞』の明日」より

週刊新潮 2016年4月28日号掲載

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