「蓮池薫さん」が語った「北朝鮮の拉致解決にまだ打つ手はある」

国際 韓国・北朝鮮

  • ブックマーク

Advertisement

 北朝鮮に拉致され、24年の間、かの国で過ごした蓮池薫さん(58)は、ある意味、北や金正恩第一書記の考え方を最も熟知する日本人と言える。北のミサイル発射で、振り出しに戻った日朝外務省局長級会議、そして最大の懸案事項である拉致問題について、今後、日本はどう臨むべきか。蓮池さんに聞いた。

 ***

 蓮池さんが帰国して今年10月で丸14年というから、時が経つのは早いものである。現在、新潟産業大の准教授として教鞭をとる傍ら、全国で講演する日々を送っている。蓮池さんが言う。

「帰国して、本当に良かったと思います。生活の豊かさ、便利さはもとより日本には言いたいことが言える自由がある。向こうでの私たちは、食糧は配給制だし、服など必要なものは毎月支給される30ドルで賄った。そこに自分の力で生活を向上させていく、そんな生きがいもありません。日本に戻って、人間らしい暮らしを取り戻すことができました。ですから、北に残されている拉致被害者の方々にも早く帰国してほしいのです」

 14年5月末、日朝外務省局長級会議で所謂(いわゆる)「ストックホルム合意」が発表された。要点を言えば、北は特別調査委員会を設置し、全ての日本人に関する調査を行う。全ての日本人とは、(1)日本人の遺骨及び墓地(2)残留日本人(3)日本人妻(4)拉致被害者及び行方不明者、を指す。調査を開始した時点で、日本は独自制裁の一部を解除することになった。

 日本は拉致問題の調査を最優先にしたが、北は他の調査結果で更なる制裁解除や人道支援を狙っていたと言われる。膠着状態が続く中、北は今年に入って核実験やミサイル発射を行い、日本は制裁強化を決定。これに対し、北は調査の中止と調査委員会の解体を宣言したのだ。

「結局、北朝鮮は拉致問題で譲歩する気はなく、日本と交渉すること自体に意味があったのです。当時、韓国と中国の関係が密接になり、日本への接近が彼らを揺さぶるための楔(くさび)となった。制裁も一部解除された。直接の因果関係ははっきりしないが、朝鮮総連ビルも継続して使用できた。それらを見越した上での合意だったのでしょう」

「調査委員会の解体は、拉致問題に関しては大きな意味を持つことはありません。なぜなら、拉致被害者について北朝鮮当局は、日本で拉致問題が報道されるようになった90年代から調査し、管理下に置いているはずだから」

報告書の嘘

 拉致問題の解決とは言うまでもなく、北に拉致された人を全員取り返すことである。蓮池さんによれば、制裁はもちろん必要だが、

「同時に、解決に対する見返りも示して交渉をすべきです。一つは、観光特区のインフラ整備といった、軍事技術に転用されない形での支援です。金正日時代、こんなことがありました。羅津(ラジン)・先鋒(ソンボン)の開発をした際、外国企業を誘致した。外国企業がインフラくらい整備してほしいと要望したら、『そんなカネはない。そちらでやってくれ』という話になった。日本がインフラに投資して、浮いたお金が軍事に回るということはありません」

 では、なぜ、見返りとしての支援を提示する必要があるのか。

「北朝鮮という国は、体制を維持することを第一に考えます。裏を返せば、体制を維持するためには、それまでの原則を曲げて行動を取ることがあるということです。例えば、ソ連が崩壊し、中国は改革・開放していく中、北より韓国を向いた。すると、北は米国や韓国、日本と対話を進め、韓国と同時に91年、国連に加盟しました。朝鮮戦争以来、韓国を国として認めないというのが北の主張だったわけですから、そうした行動は本来ありえません。しかし、体制を維持するため現実的な道を選んだ。そういったことが拉致問題においても今後起きる可能性がある。北が国際的に孤立していく中、日本も厳しい姿勢を取りつつも、いずれ対話ムードが生まれた時に、向こうが乗ってこられるよう、積極的な支援策も提示しておくべきなのです」

 北朝鮮は02年に政府認定の拉致被害者(12人)について、8人死亡4人未入国との報告書を出している。

「今後、拉致被害者に関する報告書が再度提示されるかもしれません。が、少なくともこの内容がひっくり返ったものでなければ、受け取ってはならない。受け取ってしまえば、日本がその内容を認めるということになりかねません」

 そもそも、02年の報告書には嘘があるという。まず、横田めぐみさんは、93年3月に自殺とされているが、

「私と妻は、94年まで横田さんと同じ集落で暮らしていました。また、増元るみ子さんは、79年4月に結婚。81年に死亡したことになっています。が、実際、私の妻は、彼女と78年秋から79年10月25日まで一緒に暮らしていた。その1年間に3回引っ越しをし、最後は指導員からるみ子さんだけ引っ越しをするので荷物をまとめろと言われ、別れる時は車の窓を開け、招待所が見えなくなるまで手を振っていた。この時期には、絶対結婚などしていません。曽我さんに関しても、娘は把握しているが、母親のことは分からない、という。そんなことがありえますか。政府が02年の報告書を認めないのも、12人の拉致被害者が生きているとの確信があってのことです」

 蓮池さんは、日朝交渉において、核とミサイルと拉致の同時解決ではなく、拉致問題を最優先課題にしてほしいという。

「昨年出版した『拉致と決断』(新潮文庫)のあとがきで、私は『もう待てない』と書きました。それから1年が経ち、その思いは一層強くなっています。すでに被害者のご家族の中には、高齢になられている方も多いです。横田めぐみさんの父、滋さんが抱きかかえられながら登壇し、講演を行っている姿を見ていると、できる限りのことをしなければという思いを強くします」

 拉致問題の解決を諦める風潮は良くない。粘り強く交渉することが重要なのだ。

「60周年特別ワイド 輝ける明日への遺言」より

週刊新潮 2016年3月17日号掲載

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。