「島倉千代子」大借金を10億円値引きさせた「細木数子」の見返り

芸能週刊新潮 2016年2月25日号掲載

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 紅白歌合戦に30回続けて出場した昭和のスター。それにしては、2013年に亡くなった島倉千代子(享年75)は、借金苦をはじめ負のイメージも色濃く、とりわけ、細木数子(77)に搾取されていたという。事の真相を、実弟の島倉征夫氏(76)が語った。

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2013年に亡くなった島倉千代子(享年75)

 お千代さんほどのスターが、なにゆえ多額の借金を頻繁に抱え込んだのか。その謎を解くには、彼女の性格を知るに如(し)くはない。

「千代子は8人きょうだいの6番目。1954年に芸能界に入ったときは16歳でしたから、世間知らずで駆け引きを知らない。真っ白すぎて、好きになった人に簡単に染まってしまう」

 そう語る征夫氏によれば、最初の借金をこしらえたのは、阪神の強打者だった藤本勝巳との結婚がきっかけだったという。

「藤本さんの前には国鉄の町田行彦選手や、西鉄の稲尾和久投手とも付き合っていました。藤本さんと結婚したのは63年12月。私は千代子のマネージャーでしたが、彼女は父の喪が明けていないのに年内に結婚すると言って聞かず、家族と揉めたんです。それでも母は持参金として1000万円を渡しましたが、預金はすぐ解約され、藤本さんの背広屋などへの借金返済に充てられた。姑らのいじめにも遭い、1週間かそこらで愛は冷めたようです」

 だが、すぐには離婚できなかった。藤本は67年に引退し、大阪の道頓堀にクラブを開店したが、その開業資金4000万円はお千代さんが工面したという。

「彼女の大ファンの銀行頭取が“このお金で縁を切りなさい”と、4000万円を貸してくれたのです。それでも藤本さんは離婚届に判を押さずストーカー行為を繰り返した。最後は“もう4000万円くれ”という要求を受け入れて決着し、再び頭取に用立ててもらいました。この8000万円が彼女の初借金でした」

 離婚協議に疲れたお千代さんが頼ったのは、眼科医の守屋義人氏だった。

■13億円に膨らんだ借金

「62年、ファンが投げた紙テープの芯が目に当たって、失明危機と言われたときに治療した人物で、74年には千代子と恋仲になっていた。彼は新しいプロダクションを作って、私にクビを宣告したんですが、芸能界に関してはド素人。コマ劇場などの公演の売上げはスジが悪い連中にかすめ取られ、新曲のレコードを宣伝用に大量に購入するなどし、3億円の借金を作った。しかも千代子の実印を押して裏金融から借りていた。結局、借金は13億円にまで膨らんでしまったんです」

 そこに細木数子が登場するのである。

「守屋氏の蒸発後、千代子は政治ブローカーの安部正明宅に居候していて、安部邸で小金井一家の堀尾昌志総長が麻雀をしていたとき、コマ劇場で千代子が債権者に囲まれていると伝えられた。安部さんが、新宿を縄張りにしている堀尾さんに“誰にも面会させるな”と指示を出すと、堀尾さんは“カタギじゃない俺が行くとコマ劇場に迷惑がかかるからウチのにやらせよう”と。“ウチの”とは彼の内縁の妻の細木でした」

 このとき、征夫氏もコマ劇場に向かうと、

「楽屋のソファーに門番のような女性がドカッと座っていて、“お千代のとこに弟いたのかい。あんたが来ても何の役にも立ちやしない”と言われてしまった」

 77年3月、細木は債権者を、自分が経営するクラブ“艶歌”に集めた。

「テーブル上に3億円を置いて、“あんたはいくら貸したんだ”“実際に借りたカネより膨らんでいるじゃないか”と詰め寄り、実際に借りた金なら払えると言って、手形とはいえ13億円にまで膨らんでいた借金を3億円でチャラにしたんです。こうして千代子の債権者は細木になり、興行権も彼女に移ったのです」

 以後、お千代さんの仕事は変質したという。

「キャバレーやクラブで歌うことが増え、コロムビアの関係者からは、細木さんが怖くて誰も近づけないと聞きました。彼女は“てめぇ”“コノヤロー”とヤクザ口調で、すぐに“明日の命だよ”“死ぬ気でやれ”と言う。作曲家も作詞家もビビッて、千代子に新曲を作りませんでした。細木さんへの借金は4年で2億円を返し、“あと1億返したら自由にしていいよ”と言われたので、コロムビアに泣きついた。ところが“借金の決着をつけたのは私なのに礼はないのか。1億円くらいもらっても罰は当たらないよ”と言われ、都合2億円をコロムビアに立て替えてもらったのです」

 それでも征夫氏は、細木を責められないという。

「細木に馬車馬のように働かされたからこそ、鬱やノイローゼになる暇もなかった。千代子の寿命は10年延びたと思いますよ」

 その後、『人生いろいろ』のヒットもあって借金を完済。亡くなったときには4億円の現金と有価証券などが遺されていたという。

「60周年特別ワイド 『十干十二支』一巡りの目撃者」より