死亡リスクは気にしない? 動物も“爆買い”の「中国の動物園」〈世界を股に「動物商」最前線(3)〉飯田守

社会週刊新潮 2016年1月14日迎春増大号掲載

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 ライター・飯田守氏がお送りする、知られざる動物ビジネスの世界。第1回では、福岡県・大牟田市動物園のアミメキリン「リン君」の“婚活”をレポートし、第2回では「動物商」である白輪剛史氏へインタビューを行った。 昨年、静岡市・日本平動物園からの依頼で“世界的な品薄状態”にあるホッキョクグマを手掛けたという白輪氏。売却価格6000万円のビッグビジネスとなり、「ホッキョクグマ相場」は跳ね上がったが、それでも中国の動物商は“爆買い”したという――。

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 動物商の生命線は、とにかく「情報」だという。

「動物の評価は人気の有無に加え、血統や育ちの良さ、それに器量の良し悪しも大きなポイントになります。加えて希少性が高くなればなるほど価格は上がっていきます。ただ、同じ仲間(種類)が見つかっても、どの血統で何歳のオスかメスかというように、自分が探している特定の条件に見合った個体でなければ意味がありません。ですから、個体情報をどれだけ早く、詳しくキャッチできるかが勝負の分かれ目になります。私の場合、動物園からオファーが入ると、付き合いのある海外の200社以上の動物商を始め、ネットなどを使って24時間体制で常に情報をチェックするようにしています」(白輪氏)

 まるで生き馬の目を抜く、為替のトレーダーである。とはいえ、扱う商品は命ある生き物。その入手方法は、大きく二通りに分かれる。

 一つは「キャッチャー」と呼ばれるハンターが捕獲した野生の個体を、現地の動物商を通じて入手する方法だ。彼らに地元政府の許可取得から動物の梱包、飛行機や船など輸送手段の手配までを委託することもあれば、自ら足を運んで自身で行うこともある。大きな声では言えないが、お国によっては役人にちょっとした“袖の下”が必要なこともあるという。

 もう一つは、先のホッキョクグマのケースのような海外の動物園からの購入だ。

「日本の動物園の担当者は、ワシントン条約の規制で入手が困難ですよと言うと、途端に諦めてしまいます。しかし、例えば条約で規制されているアフリカゾウであっても、ジンバブエ共和国内で捕獲された個体は規制の対象外にされているので取り引きが可能です。確かに規制はありますが、本気で入手しようとすれば大抵の動物は合法的に入手できるんですよ」(同)

■“シャチは1頭5億円、イルカは芸が仕込まれているかどうか”

 一方、陸上生物とは扱いが全く異なるのが、シャチやイルカなどの海洋生物だ。

 西日本の専門家によれば、

「シャチは1頭5億円、イルカは芸が仕込まれているかどうかにもよりますが、1頭200万円から400万円で取り引きされます。これら海洋生物には莫大な輸送コストがかかるのが特徴で、とくにシャチの場合は性別や年齢にもよりますが、体長は5~6メートル、体重は3トンから5トンに達します。そんな巨体を運搬する際には専用の生け簀やクレーンも必要になります。そのため、実際に引き渡すまでには億円単位の経費がかかってしまうケースも決して少なくありません」

 経費が取り引き価格の実に7~8割に達する場合もあるという。実際白輪氏も、

「一般にゾウやキリン、サイなど個体が大きくなればなるほど単価は高くなります。しかし、扱う額が大きいほど実入りが多いかと言えば、そうとも限りません。実は、額が大きければ大きいほど、動物商が負うリスクも大きくなるからです」

 ここで言う「リスク」は、動物を扱う業界ならではの「商慣習」と言い換えることができる。

「生き物ですから、当然、取り引きが完了するまでに死亡することもあります。それを回避するため、動物園側は動物商に対して30日から2カ月程度の『補償期間』を設定することを求めるケースがほとんどです。例えば、1億円のゴリラが期間中に死んでしまうと、私たちは自腹を切って新たに代わりを用意しなければなりません。儲けは全て吹っ飛ぶどころか、仕入れからやり直すハメになるのです。もちろん、代金や経費は全て持ち出しですよ」

 だが、白輪氏はどんなに細心の注意を払っていても、事故はどこかで必ず起こるものと心得ていると話す。

■指折り数えた「補償期間」

「高額な動物の場合は死亡するリスクを減らすために、輸送前に日本での飼育環境に近い場所で生活させたり、フライト時間を短縮するなどの工夫が必要です。しかし、リスク対策を講じるほど、利益率が圧迫されてしまう。一方、比較的安価な動物なら補償期間中に死亡しても金銭的なダメージは少なくて済みますが、その分、利益が少ない。仮に10万円の動物なら利益率は5割程度、100万円なら3割以上が確保できなければ、商売として成立しません」

 高価な動物ほど“VIP待遇”という、人間社会に勝るとも劣らない格差社会。白輪氏は11年のホッキョクグマの取り引きを、安堵の表情で振り返る。

「幾ら健康体を手に入れても、世界をまたにかけた取り引きですから、動物が環境変化などで体調を崩すリスクは常にあります。バニラの時、私は補償期間を撤廃して欲しいと申し入れましたが、動物園は受け入れてくれませんでした。交渉を重ねた結果、補償期間は10日間で合意したものの、私は毎朝起きるたびに“あと何日”と、残りの日数を指折り数えていましたよ」

■札ビラ攻勢による爆買い

 実は、先ほど触れた中国の動物園による爆買いの背景には、こうした業界のルールにこだわらない強気の姿勢があるという。

「彼らはとにかく資金が潤沢なので、補償期間を求めない上に支払いは前金。安心かつ積極的に動物を探せるため、世界の動物商の多くは、どうしても中国の動物園との取り引きを優先したがるのです」

 好況を背景に動物を買い漁る中国の動物園に比べて、日本にそんな余裕はない。

 昨年10月、日本平動物園が米国フロリダ州の牧場で生まれた番(つが)いのアミメキリンを4500万円で購入した。成田空港に空輸された2頭は検疫を経て、10月29日に来園。ところが、一般公開が始まった直後の11月25日にオスが死亡したのである。

 静岡市の関係者によれば、

「動物商との契約は、来園から30日以内に死亡した場合は代わりを無償で請求できるというものでした」

 現在も補償を巡って交渉中というが、いまも新たなキリンは届かないままだ。

 関東地方のある動物商も、ため息混じりだ。

「ここ数年は世界的に航空機の小型化が進み、体高のあるキリンや重量が嵩(かさ)むゾウやサイの輸送の手配が難しくなっています。費用も以前より割増しになったり、中国人の札ビラ攻勢による爆買いなどで、商売がしにくくなりました」

 さて、めでたく花嫁を迎える、大牟田市動物園のキリンのリン君には重大な使命がある。それは跡継ぎを作り、将来的な動物園の安定経営を図ることである。

 愛らしい仕草や表情で観る者に安らぎを与えてくれる、檻の向こうの生き物たち。その素顔は、様々な人間たちの思惑を纏(まと)った“経済動物”なのだ。

「特別読物 ゴリラ1億! シャチ5億! 世界を股に『動物商』最前線――飯田守」より

飯田守(いいだ・まもる)
昭和29年、徳島県生まれ。東京写真大学(現・東京工芸大学)短期大学部卒業。講談社「月刊現代」「週刊現代」の記者を経てフリー。芸能、プロスポーツ、財界などを中心に取材・執筆を手掛ける。