母の入居先候補として検討した「疑惑の老人ホーム」 低賃金の重労働が「介護現場」をここまで荒廃させた!(1)

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 国民の4人に1人が65歳以上という超高齢化社会が到来し、一層の注目を集める“介護問題”。だが、その現場は閉塞感に覆われ、利用者も職員も不安の渦中にいる。国際政治学者の天川由記子氏が自身の介護体験を踏まえ、荒廃した介護現場の“闇”をレポートする。

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入居者が相次いで3人亡くなった川崎にある老人ホーム、「Sアミーユ川崎幸町」

 過酷な労働と低賃金に喘ぐ職員に、不祥事ばかりが取り沙汰される事業者、さらに、改善の道筋を示せない国と行政。その陰で、不安と隣り合わせの日々を過ごし、時として命の危険に晒される高齢者たち――。

 安倍政権は目下、“1億総活躍社会”の重要課題として“介護離職者ゼロ”を掲げ、様々な緊急対策を講じようとしている。だが、筆者には、“現場”の危機的な状況を政府が真に理解しているのかどうか、甚だ疑問に思えてならない。

 筆者は85歳になる母親の介護に直面したことで、この業界を取り巻く“闇”について、全ての国民がきちんと認識すべきだと考えるようになった。介護問題は誰もが当事者となる可能性があり、また、今後ますます深刻化していくことが明白だからだ。

 まずは、筆者の体験から介護現場の偽らざる実態を知ってもらいたい。

 筆者の母親は4年ほど前に歩行困難となった。現在は寝たきりで、常に人工呼吸器の装着が必要な“要介護5”と、身体障害者1級の状態にある。

 要介護5は介護保険法における最重度の区分であり、入浴や排泄を含む、日常生活のほぼ全ての場面で介護を必要とする。

 入院中に老人ホームヘの入居を勧められたこともあって、2012年の2月から数カ月間に亘って数多くの施設を見学した。その際、入居先の候補として検討していたのが、神奈川県にある「Sアミーユ川崎幸町」だった。ご承知の通り、昨年末に3人の入所者が“転落死”し、今年3月に浴槽で溺死者を出したことも明らかとなった、疑惑の老人ホームである。

■“アットホームな施設”

 この施設は介護事業で売上高・国内3位の株式会社メッセージと、大手住宅メーカーの積水ハウスが合弁で設立した積和サポートシステムが運営している。

 ホームページには、〈24時間体制で介護スタッフが常駐〉〈夜間および緊急時も介護スタッフが医療機関への取次ぎや安全確認を行います〉という売り文句が躍っていた。しかも、人工呼吸器をつけた要介護5の高齢者を受け入れてくれる施設は少ない。

 しかし、現地に足を運び、責任者から受けた説明は耳を疑う内容だった。曰く、

「看護師がいるのは昼間だけで夜間は常駐していない。提携ドクターも予定が重なった場合は、丸一日来られないこともある」

 ホームページの記載内容と違うと訴えても、

「他の皆さんは納得してもらっている。条件が合わないなら他の施設を当たってください」

 と取り付く島もない。

 責任者は経験豊富とは言い難い30代前後の男性で、シワシワのシャツに薄汚れたジーンズ姿。それどころか名札もつけていない。

 その点を問い質すと、

「アットホームな施設を目指しているんで、職員もカジュアルな格好なんです」

 施設内は掃除が行き届かず挨だらけで、廊下にもゴミが目立った。万一の場合に十分な対応が期待できず、衛生状態も悪い施設だと分かったため、母親の入居は見送ることにした。

 それから約2年が経過した咋年末。この“アットホームな施設”で、連続転落死事件が起きたのだ。

 今回の事件を受け、東京都はメッセージと子会社が運営する都内の40施設を調査している。その結果、2010年以降、都に報告が必要な事故が714件あったことが発覚。重大事故も多く含まれ、施設内での“自殺”や“虐待”も未報告だった。老人ホームでの介護に不審感を抱くには十分な数字であろう。

「特別読物 低賃金の重労働が『介護現場』をここまで荒廃させた!――天川由記子(国際関係学研究所所長)」より

天川由記子(国際関係学研究所所長)

週刊新潮 2015年12月10日号掲載

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