“まるで離散家族のよう”新賞金女王「イ・ボミ」の家庭環境

スポーツ週刊新潮 2015年12月3日号掲載

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 2011年に日本上陸を果たしてから、わずか4年で5億円以上の獲得賞金を手にした、韓国出身のイ・ボミ(27)。「艱難(かんなん)汝を玉にす」という言葉を思わずにはいられない、新賞金女王のこれまでを辿ってみると……。

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 イ・ボミは1988年8月、電気工事技師の父と食堂勤務の母とのあいだに生を享(う)けた。4人姉妹の上から2番目の彼女とゴルフを結びつけたのは、よくあるように、両親の英才教育を受けて……といったものではなく、

「同じ韓国の朴(パク)セリの大活躍ぶりを見て、父親が当時12歳の彼女に勧めたのです」

 と言うのは、さるスポーツライター。イ・ボミは幼少の頃からスポーツが大好きで、わけてもテコンドーに熱中していたという。

「親に内緒でスクールに通っていたところ、月謝を払えなくなってバレた。“女なのになんでテコンドーなんだ。どうせならゴルフでもやりなさい”という父親の説得を受け入れて、格闘技の道を諦めた」(同)

 そうは言っても一家は裕福ではなかった。むろん、ゴルフは何かとカネのかかるスポーツである。握るべきゴルフクラブを買えず、レンタル品で凌ぐ日がしばらく続いた。

■“バラバラで暮らしていた”

 さらに苦労は重なる。

 その頃、彼らが暮らしていたのは韓国北東部の田舎町で、ところどころ舗装も行き届かぬ地域だった。

「自宅からひと山越え、日本海に近い場所にある練習場まで、クルマで片道1時間半。そうやって練習ラウンドに出られるのはまだマシな方で、普段は砂を入れた軍用のバッグをアイアンで叩いてインパクトの加減を学んでいた。たまの遠征も宿泊はホテルではなく、そのクルマのなかでだったと言います」(同)

 厳しい環境ではあったが、才能は開花しつつあった。さらなる高みを目指し、ゴルフ部のある北西部の高校へ転校。それは彼女が高校2年生のとき、母親を伴ってである。しかしながら、何かを得ようとすれば代わりに何かを失うといった警句があるように、紡がれてきた糸に乱れが生じていく。とりわけ妹ふたりは箸が転んでも笑う年頃なのだ。

「“お姉ちゃんばかり、親から目をかけてもらって”と彼女たちのあいだにイライラが募る毎日だったそうです。“まるで離散家族のようにバラバラで暮らしていた”と、イ・ボミ本人が振り返っています」(同)

――血のションベンとまでは行かないが、実際、手のまめがつぶれ血が滲むほどの努力を積み、スターダムに上り詰めたイ・ボミが家族を裏切ることはなかった。2年前、4億円を投じて故郷の8階建てビルを買収。なかには、姉妹が取り仕切るネイルサロンや母親経営のスクリーンゴルフ場が設(しつら)えられている。文字通り、錦を飾ったのである。

■さらに3億円のスポンサー

 それを可能にしたのは、他ならぬカネだ。さる運動部デスクによると、

「彼女には所属するマスターズGCやコカコーラ、本間ゴルフなど、5社ほどスポンサーがついています。そこからは契約金に加えて、成績優秀時のボーナスが支給されることもあり、合わせれば億単位になる。ある有力女子プロが、“スポンサーからのおカネだけで日々の暮らしは十分で、賞金は丸ごと貯金していた”と話していたことがあります」

 そればかりか、

「来年1月には、アイドルの向こうを張るような写真集の出版が控えているし、スポンサーがさらに集まって3億円規模に膨れあがりそうだとも言われているのです」(同)

 日本での獲得賞金はすでに5億円を超えているが、それに近い額を遅かれ早かれ手にしそうなのだ。

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