客が人質に取られたコンサートホールの2時間

国際週刊新潮 2015年11月26日雪待月増大号掲載

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 最初の自爆テロが起きた5分後、パリ中心部のカンボジア料理店『プチ・カンボージュ』では第二の悲劇が始まっていた。店の前に乗り付けた黒のスペイン車「セアト」からぬっと出されたカラシニコフ銃が店めがけて火を噴く。硝煙と血糊にまみれた店をあとに車はカフェやレストランを次々に襲撃、20名を殺害する(最後の店では自爆)。一方、同じく中心部のバタクラン劇場そばには別の車が停まっていた。今回の事件で最大の犠牲者89名を出した現場である。以下はその、実況中継。

 ***

パリ

 午後9時40分、劇場ではアメリカのロックバンド『イーグルス・オブ・デス・メタル』のコンサートが行われていた。日本で2回公演したことがあるこのバンドはパリにも熱狂的なファンがいる。この日も1500名入る劇場は満員。皮肉としか言いようがない曲名だが、『キス・ザ・デビル』が始まったその時、カラシニコフを手にした3人の“悪魔”が劇場に乗り込んできた。

「アッラー・アクバル!(アラーは偉大なり)」

 犯人らは口々にそう叫ぶと、1階席に向かって銃を掃射する。激しいドラムの音にタタタタンッという乾いた銃声が入り乱れ、観客は何が始まったのか分からないまま血まみれになってゆく。

「オランドのせいだ! お前たちの大統領のせいだ! シリアなんかに介入するからだ!」

 犯人の1人がそう叫ぶ。

「俺は2階席にいたんだけど、階下で急に閃光が見えて発砲音が聞こえたんだ。演出か?と思ったけど硝煙の臭いがするのでよく見ると、人がバタバタ倒れているじゃないか。これはヤバイッ!と咄嗟に床にうつ伏せになったんだ」(男性客の1人)

 逃げ場を探そうにも非常口も見えない。男性は2階に上がってきた犯人に見つかってしまい銃を向けられる。もうだめか、と思った瞬間、

「安心しろ……」

 犯人の口から出たのは意外な言葉だった。駆けつけた交渉人と話し合いが始まっていたのだ。

■「全部やっちまうぞ」

「20分の時間をくれ!」

 交渉人の懇願する声が聞こえる。

「(その時聞が過ぎれば)全部やっちまうぞ!」

 そう叫び返す犯人。

 別の女性客は、咄嗟に地下1階にあったトイレに逃げ込んだ。

「トイレの天井板を壊して、天井裏にもぐり込み、じっと息をひそめていたんです」

 一体何時聞が過ぎたのだろうか。数秒が何十分にも感じられる。と、その時、爆発が起きた。ドーン!と耳をつんざくような大音響。爆風で髪の毛がチリチリになった客もいたという。特殊部隊が乗り込んで銃撃戦になり、犯人の1人が自爆したのだ。

「後ろを振り向くな!」

 人質に犯人が混じっていることを警戒したのだろうか。だが、何とか助かった。時計の針は午前零時を回っていた。

 バタクラン劇場がターゲットの一つにされた理由を日本アラブ協会理事でジャーナリストの最首公司氏が説明する。

「アメリカのロック音楽は、神との静かな対峙をモットーにするイスラム原理主義者にとって邪魔でしかない。イスラムの敵だと考えている者もいる。バタクラン劇場を標的にしたのは、(有志連合の中心国である)アメリカに対する敵意をアピールする意味もあるのです」

 実は、ここは、きゃりーぱみゅぱみゅなど日本の歌手も出演したことのあるパリの名所。最悪のテロを引き起こした「デビル」たちは、次に誰とキスをしようとしているのだろうか。

「特集 7人のテロリストで死傷者480人 自爆の爆薬は『魔王の母』 パリを硝煙の都に変えた『イスラム国』に次がある!」より