【大阪ダブル選挙直前対談】平然と嘘を吐く「大阪維新」に何回騙されるのか?――藤井聡(京都大学大学院教授)×適菜収(哲学者)

国内 政治

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 橋下徹・大阪市長(46)は、ゴキブリを尊敬していると公言して憚(はばか)らない……。11月22日に迫った大阪府知事・市長のダブル選挙。橋下維新は、葬り去られたはずの「都構想」を再び持ち出してきた。その先に透けて見える「国盗り」の野望。2人の論客が警鐘を鳴らす。

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藤井:5月の大阪都構想っていう名の「大阪市解体の住民投票」が終わったと思ったら、またダブル選。大阪人は何回騙されたらええんか……関西人のひとりとして哀しいというか腹立つというか……。1回結婚詐欺で婚約寸前まで騙されたのに、同じ詐欺師にまた求婚されて「あら、この人やっぱりステキ」って、クラクラしてるような話だとしか言いようがない。

適菜:橋下維新は基本的に詐欺集団です。その正体があからさまになったのが5月の住民投票でした。府と市の二重行政を解消することによる財政効果は年間4000億円とぶち上げておきながら、最終的に出た数字はわずか1億円。さらに初期投資やランニングコストを考えれば明らかにマイナスになる。すると橋下は財政効果は「無限」と言い出した。無茶苦茶です。

藤井:今回のダブル選でも、市長選に出ている橋下維新の吉村洋文元代議士が、明確な嘘を吐(つ)いています。11月11日に行われたネット討論で、「大阪が伸び率ナンバーワンの経済成長をしている」と、さも過去8年間の維新政治が大阪を良くしたかのように発言している。しかし、大阪市がまとめた最新の大阪府の実質成長率はマイナス0・8%、大阪市に至ってはマイナス1・4%。ところが、全国の成長率はマイナス0・2%ですから、府も市もこれを下回っています。これでよく、「伸び率ナンバーワン」などと言えたものです! ちなみにこの数字は、大阪市のホームページのもの。つまり、彼は平然と嘘を吐いているわけです。

橋下徹大阪市長

適菜 堂々と嘘を吐くのが、橋下維新の特徴です。

藤井:何が悔しいって、東京モンに会うと「どうして大阪の人たちって、何度もオレオレ詐欺に引っ掛かるの? よく分かんない。おもしろいですよね、大阪って」と、小馬鹿にした東京弁で、よう言うて来よるんです。言い返したいんやけど、大阪が橋下維新のプロパガンダに嵌(は)まって、「都構想で、ぎょーさんある二重行政なくさなアカン!」って信じ込んでる者が多いのも事実。でもそれって、適菜さんが言うようにモロに嘘。ホンマ、もう騙されるのも大概にせんと、東京モンに「バカじゃね?」って、ずっとクスクス鼻で笑われてしまいます。

適菜:改めて分析し直すまでもなく、橋下が言っていることは嘘のオンパレードです。5月の時点で、住民投票は1回きりと公言していたのに、ダブル選で「都構想」なるものを争点に持ち出している。なんでもバージョンアップしたとのこと。アホかと。また橋下は、住民投票に負けた時点で、「政治家は僕の人生で終了です」と政界引退を明言していたにも拘(かかわ)らず、9月になると〈政治家が引退した後の人生について、いちいち国民に約束する話ではないし公約でもない〉と、ツイッター上で前言を翻した。松井(一郎・府知事)も、5月の街頭演説で「(住民投票の結果が)反対多数なら民間人に戻る」と宣言していたのに、何事もなかったかのように、今回出馬している。橋下維新の嘘を数え上げたらキリがありません。連中は嘘を嘘と分かって吐き続けている確信犯です。

藤井:それ、プロレスで言うところの、「負けたら即引退マッチ」詐欺そのものです。負けたら引退! って煽って客集めしといて、負けて引退してもすぐ復活するっていう詐欺営業を繰り返す――って、あんた大仁田厚なんかい! という話。そやのにまた懲りもせんと、大阪人は騙されそうになっとる……。これ、めっちゃ恥ずいです。

■対岸の火事ではない

適菜:現在、ダブル選に際して、橋下維新は相変わらずプロパガンダを仕掛けているわけですが、そのひとつが「自共批判」です。

藤井:あれだけ安倍自民を批判していた共産党が、大阪でだけ「反橋下維新」で自民党と手を組むのはおかしいという批判ですね。

適菜:表面上の動きに囚(とら)われるのは危険です。自民党から共産党まで、揃って反橋下維新を唱えているのは、平気な顔で嘘を吐くような集団を放置しておけば、政治そのものの信頼が失われるからです。橋下維新がやっていることは政治のルールの破壊であり、その延長線上に日本の破壊がある。これは政策やイデオロギー以前の問題。だから左翼だろうが右翼だろうが、日本人だったら橋下維新と戦うべきなのです。

藤井:第二次大戦を振り返ってみてください。あの時と、今の大阪は状況がそっくりです。第二次大戦の際、欧米では全体主義勢力(=橋下維新)であるドイツと対決するために、ソ連という共産主義勢力(=共産)と、アメリカ、イギリスという自由主義勢力(=自民)が「共闘」したのです。

適菜:付け加えるならば、ナチスも最初は弱小政党だったことを忘れてはなりません。橋下維新の暴走も「所詮、大阪の話」として片づけていると痛い目に遭います。

藤井:つまり、東京人にとっても決して対岸の火事ではない! ということです。

適菜:最悪のケースを想定するとどうなるか。仮に今回のダブル選で橋下維新が勝利したとします。彼らは勢いづき、兵庫県をはじめ、奈良県、和歌山県、滋賀県……と、勢力を拡大していく。そうなると、橋下維新を改憲に向けた「駒」として見ている安倍晋三や菅義偉は連携を強めるでしょう。そして「自公維」の連立政権が誕生した暁には、連立与党内での公明党の存在感が相対的に低下して、自公間がギクシャクする。安倍政権が未来永劫続くわけではありませんから、そうこうしている聞に自民党の総裁が替わり、新総裁は橋下維新と距離を置く。そうなった場合、今度は橋下維新は掌(てのひら)を返して「反自民」の旗を掲げるでしょう。

藤井:実際、橋下維新はこれまで、既存の政治勢力と結託し、一定の政治的成果が得られたら、一転、その同志を「敵」として批判して切り捨てる、という手法を繰り返してきました。

適菜:ナチスのやり方と同じですね。

藤井:まず8年前、橋下氏は府知事選に出るにあたり、自民党の推薦を得ることで初めて政治権力を手に入れた。ところが、さらなる権力のステップアップを企図して、「仲間」だったはずの自民党を、旧態依然の政治をしていると批判。次に国政に打って出ると、最初はたちあがれ日本と結託し、国会内で一定の成果が得られたらすぐに離別して、次は結いの党。それも切り捨て、「へなちょこ、小ネズミ」などと徹底批判。こう見れば、橋下維新の「目標」は党利党略、つまり他の政治集団を利用して自らの権力を拡大していくことそのものにあると考えざるを得ない。そこに、有権者の利益のために、という動機を見出すのは困難なように思います。

適菜:そして今、安倍自民と「改憲」で同床にある橋下には入閣の噂が出るような事態が発生している。先ほど触れたように、橋下維新が連立政権入りするようなことがあれば、国家が存亡の危機に陥りかねない。冗談ではなく、「反自民」を掲げた橋下維新が権力を掌握するというストーリーはあり得ます。

藤井:でも、そうした話をすると「さすがにそこまではないでしょう」と言われることが多いのでは?

適菜:結局、平和ボケなんです。まさかそこまで嘘を吐かないだろう、まさかそこまで無茶苦茶なことをやらないだろうとタカを括(くく)っているうちに、橋下維新は増長してきた。橋下は現在、首相公選制を唱えていますが、かつては大統領制を唱えていた。「能や狂言が好きな人は変質者」「日本国民と握手できるか分からない」といった発言からも分かるように、橋下は日本、日本人、日本の伝統文化を深く憎んでいます。こうしたアナーキストが日本の最高権力者になったらどうなるか。将来的には皇室に手をつけてくるかもしれません。

■マシなのはどっちだ

藤井:東京の人はこう言います。「どうして、平気で嘘を吐く政治集団を大阪人は支持するのか、あり得ないでしょう?」と。でも、思い出してみてください。東京の人も、既に複数回、騙されているんです。12年の12月、日本維新の会の全国政党支持率は13%、民主党の8・6%を凌(しの)いで自民党に次ぐ2位の人気だった。その後、慰安婦問題などで人気は低迷しますが、今年の「都構想」が否決された時の引退宣言記者会見の際には、東京の人たちの多くが「橋下さん、さわやかだ!」と高く評価してたじゃないですか。

適菜:結局、社会が病んでいるのです。免疫力が低下しているから癌に侵される。癌は増殖し転移します。その対処法はひとつしかありません。癌細胞を除去することです。今回のダブル選では、そこが問われていると思います。

藤井:橋下市長は今回のダブル選の街頭演説で、「政治(選挙)とは、どちらが完璧なのかを選ぶものではない。どちらのほうがマシなのかを選ぶもの」と言っています。つまり、自共と維新と、どちらがマシですかと有権者に迫る戦略を取っている。

適菜:「マシなほうを選ぶべき」という橋下の主張には全面的に賛同します。今回のダブル選では、既に検証されているデータに基づき、冷静になってどちらがマシかを判断すべきです。

藤井:仰る通り。自民党は確かに「不甲斐ない」のかもしれないが、「嘘吐き」と比べたらどっちがマシか、という話ですよね。

適菜:人格や過去の言動も判断基準にすべきですね。松井は過去に「問題行動」を起こして大阪の高校を辞めています。それが「やんちゃ」という言葉で説明できる範囲内のことなのかは分かりませんが、結局、福岡の高校に不正な方法で転入した。これは「週刊文春」が報じていました。また、松井は大阪府の第2庁舎である咲洲(さきしま)庁舎を防災の拠点にすると訴えていた。咲洲庁舎は震度3の地震で天井が落下したこともあり、専門家からは倒壊の恐れがあるとも指摘されている。危機管理能力以前の問題です。市長候補の吉村は「都構想」の制度設計に深く関わっていたわけでしょう。つまり、5月の住民投票で、大阪市民は吉村にNOを突きつけているのです。

藤井:橋下維新は、「政治を8年前に戻すのか」とも訴えています。これはつまり「府政を自民党の暗黒時代に逆戻りさせるのか」とうプロパガンダです。しかし、大阪府のひとり当たりの所得は橋下知事就任時(08年度)には全国5位だったけど、最新のデータ(12年度)では10位にまで凋落している。また橋下知事以前の大阪府の年間債務増加額は454億円だったのに、彼が知事就任以降、その額は1072億円と倍以上に増えています。景気も所得も財政も皆、悪化させた。これこそが橋下維新の現実の成果なんです。

適菜:松井府政・橋下市政で大阪は完全に疲弊した。データを見ればそれは明らかです。

藤井:彼らが主張する「改革」なるものを支持するのならば、最低限こうした「事実」をしっかり踏まえた上で判断してもらいたい。

■「学習性無力感」

適菜:ダブル選の前にメディアの問題も指摘しておかなければなりません。「産経新聞」系の『iRONNA』というサイトに〈大阪都構想、やってみなはれ〉というタイトルの特集が掲載されたのですが、編集長なる人物が、橋下の「甘言」は嘘だと思うが〈彼の攻めの姿勢には賭けてみたい〉と書いていた。これは知性の放棄に他なりません。

藤井:同時に、メディアには、橋下維新が嘘を垂れ流しても「いつものことでしょ?」と、無気力にスルーする空気がある。これを、心理学では「学習性無力感」と呼びます。酷(ひど)い仕打ちを受け続けていると、どれだけ抵抗しても無駄だからと諦めてしまう心理です。これではまさに橋下維新のたと思う壷。喩(たと)えるなら、いじめと同じ。いじめっ子は、いじめられっ子を徹底的にいたぶり、もうここからは逃げ出せないんだとの無力感を植えつけ、抵抗力を奪う。そうして、さらにいたぶり続ける。

適菜:藤井さんとの対談集『デモクラシーの毒』(新潮社刊)でも明らかにしましたが、嘘、デマ、プロパガンダを流し、批判者を攻撃して口を封じる言論テロルを繰り返す橋下維新は全体主義の典型です。全体主義は無力感の上に広がっていく。ナチスドイツでも、スターリン下のソ連でも、そうでした。要するにわが国の将来が今回のダブル選における大阪府民・大阪市民の良識にかかっている。

藤井:こう論じてくると、今回の「あるべき投票基準」が改めて明らかになってきたように思います。つまり、橋下市長が実際に仰るように、どちらが「マシ」かを考えて票を投じればいいわけです! ただし今、大阪の有権者の前に並べられているのは、いわば「イマイチ美味(おい)しくない」タコ焼きと、「腐ってる」タコ焼き。どっちも不味(まず)いからって「腐ってる」タコ焼きを食うアホはおらんでしょ。要するに、今回の話はそういうコトです。

藤井 聡(ふじい・さとし)
1968年奈良県生まれ。京都大学大学院教授。専門は公共政策論、都市社会工学。著書に『〈凡庸〉という悪魔―21世紀の全体主義』等。今月、編書『ブラックデモクラシー―民主主義の罠』を出版。

適菜 収(てきな・おさむ)
1975年山梨県生まれ。早稲田大学でニーチェを専攻。近代大衆社会の問題点を指摘し続けている。『日本をダメにしたB層の研究』『なぜ世界は不幸になったのか』等の著書がある。

週刊新潮 2015年11月26日雪待月増大号掲載

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