なぜか宮古島で焼き肉屋のオーナーになった元光GENJI「赤坂晃」

芸能週刊新潮 2015年11月12日号掲載

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 まさしく“みやこ落ち”というわけか。覚せい剤で2度逮捕され、服役すること2年半。元「光GENJl」の赤坂晃(42)が、人知れず沖縄・宮古島に移住した。聞けば今月、当地で焼肉店をオープンさせるというのだ。

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「牛肉なくして人生なし」と

 赤坂が逮捕されたのは、2007年10月。

「容疑は覚せい剤所持で、翌月には懲役1年6月、執行猶予3年の有罪判決が下されました。09年暮れには使用容疑で逮捕されて執行猶予が取り消され、翌春、あわせて懲役3年の実刑が確定したのです」(芸能記者)

 12年秋に仮出所。その後、新宿でバー経営に携わり、今夏には舞台出演して芸能界へ復帰した。それが一転、南の島で再出発とは――。バーの関係者によれば、

「赤坂さんは3月に辞めました。店の常連だった飲食業の女性と意気投合し、一緒に島へ渡ったのです」

 店名は、自身の誕生日と掛け合わせ「589(こはく)」と付けたという。

 で、宮古島の繁華街の一角。13日のオープンに向け、準備に余念のない赤坂を見かけた。声を掛けると、

「昨年9月に旅行で来て、この島に一目ぼれしました」

 実に屈託のない答えが。

「東洋一綺麗だという与那覇前浜ビーチでは、すぐそこに魚が泳いでいて癒されました。漠然と東京を離れたいと思っていたら、1月に知人から『空き店舗が出るけど興味ない?』と連絡があり、それからトントン拍子に話が進みました」

■父の死で断ち切った

 焼肉店を選んだのは、

「宮古は、沖縄でも特に大酒呑みが多い。みんなで車座になってピッチャーに入った泡盛を『親』が注いで順に飲み干し、全員が親になるまで続く『オトーリ(御通り)』という習慣があります。僕も何度も誘われて、いつもベロベロになるのですが、最後は締めのラーメンではなく、こちらではステーキを食べるのです」

 何しろ、喫茶店にもおでん屋にもメニューにステーキがあるくらいで、

「その文化に触れ、『焼肉店をやろう』と思い立ったのです。ステーキ屋より家族連れのお客さんが入りやすいだろう、と考えた上で決めました」

 パートナーの女性と共同経営の形で、開店資金には1000万円ほど費やした。

「新宿のバーで貯めたお金を充て、残りの200万くらいは借金で賄いました。でも、芸能界に積極的に戻るつもりはありません」

 その“古巣”にも言及し、

「最近も女性芸能人がコカインで捕まりましたが、知人が使う場に居合わせ、流れで試したら深みにはまってしまったのでしょう。僕の場合、服役中に父が亡くなったことで完全にクスリの誘惑を断ち切れました」

 と、事件を振り返る。

「よく『芸能人は親の死に目に会えない』と言いますが、全く違う理由で会えなかったショックがきっかけとなったのです。経営が軌道に乗るまでは、しばらくは毎日店に出るつもりです。先々、東京にも出店できたらいいですね」

 なるほど、誘惑どころではなさそうだ。

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