【第2弾!】「下着ドロボー」から大出世「高木毅」復興相の露出癖

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 第3次安倍改造内閣の一角を占める“恥ずかしい存在”。それが、「下着ドロボー」から大臣へと、奇跡の大出世を遂げた高木毅代議士(59)だ。そんな彼は、女性の下着を盗むだけではなく、自らの下着を人前で嬉々として脱ぎ捨てる、という癖もお持ちのようで……。

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 復興・原発事故再生担当大臣を務める高木氏の地元、福井県では毎週金曜日が本誌(「週刊新潮」」)の発売日となっており、先週号が書店などの店頭に並んだのは10月16日。敦賀市内の大型書店でちょっとしたトラブルが起こったのは、その日の朝だった。

「ウチの開店は9時半なのですが、開店時間前から中年の男女が2人ずつ、計4人が店の入口に並んでいました。その4人は店が開くと雑誌売り場に直行。並べてあった週刊新潮を全て抱えてレジに来たのです。全部で26冊。でも、あの記事を読みたい人は多いでしょうから、私は“お1人様1冊ずつでお願いします”と言いました」(店員)

 すると、1人の男性が激高し、怒鳴り始めた。

「全部買う言うてるんやからエエやないか!」

「他にお求めになるお客様もいらっしゃいますので、ご理解下さい……」

「全部買う言うてるんや!」

 そんなやり取りがしばらく続き、それでも店員が折れないと見るとようやく諦め、1人1冊ずつ買って帰っていったという。

地元「福井県」では「週刊新潮」が“買い占め”られて蒸発

「その日の午後、店に警察官がやってきて、“週刊新潮、1人1冊しか買えないの?”と聞くので理由を説明しましたが、おそらく、あの4人が警察に行って“売ってくれん”と泣きついたんでしょう。また、翌日には高木さんサイドと思しき人から“週刊新潮の追加注文はしないでくれ。追加が来るなら全部買うから連絡くれ”という電話が店にかかってきました」(同)

 彼らをそこまで必死にさせたのは、本誌前号に掲載された〈「下着ドロボー」が「大臣閣下」にご出世で「高木毅」復興相の資質〉という記事である。高木氏に関しては以前から「下着ドロボーを働いた過去がある」との噂が囁かれており、選挙のたびに地元では怪文書がばら撒かれてきたが、本誌は高木氏が実際に下着泥棒に入った被害者宅を特定。記事では、被害者の妹の証言も紹介した。

 かくして誕生した前代未聞の「下着ドロ大臣」。事実関係を問う新聞記者らに対しては、

「お答えを控えさせていただく」

 と、説明拒否の姿勢を貫いていたが、地元では、「買い占め」という姑息な手段がとられていたわけである。無論、買い占めを拒否した先の書店のようなケースはごく稀で、

「16日の開店直後に1人のおばあさんが店に入ってきて、雑誌売り場にあった週刊新潮10冊を全て買っていきました。これまで見たことのないお客さんでした」(別の書店の店員)

 こうして本誌先週号は買い占められ、アッという間に高木氏の地元から姿を消したのだ。あたかも蒸発してしまったかのように。

「本当にどこに行っても週刊新潮は見当らず、どうしても入手したい人は滋賀県まで行って購入していました」(ある福井県議)

 買い占めをしてまで本誌記事を地元有権者の目から遠ざけようとしたのはもちろん、次の選挙を考えてのことに違いないが、果たして高木氏に「次」はあるのだろうか。

「週刊新潮が出る直前、高木は地元の大物県議に何度も電話して“困った困った”と漏らしていた。その時点では、大物県議も親身になって相談に乗ってやっていたようですが……」

 とは、地元政界関係者。

「ところが、記事が出た後、その大物県議に会ったら、“もうしょうがない”と笑っていて、その上、“毅の次は誰を代議士に推すか”と言っていた。実際、こちらでは高木が辞めた時の“後釜候補”の名前もすでに囁かれています」

 まだ大臣すら辞めていないのに議員辞職後の話まで浮上しているとは何とも気の早いことだが、政治部デスクによると、

「もちろん官邸としても、今回の件については“さすがにこれは庇いきれない”と考えています。事前の“身体検査”で内閣情報調査室は、高木氏に、下着ドロボーに関する怪文書を撒かれた過去があることを上に報告していた。それでも大臣になれたのは、噂レベルなら問題ない、という判断だったようですが、今回、週刊新潮がきっちりウラを取ったことで“これはダメだ”となったのです」

■“火消し”に回る父親

地元福井にある高木大臣父の銅像。過去にはパンツがかぶせられていたことも

 国会が閉会中のため、野党議員から責め立てられる事態は今のところ免れている高木氏。しかし、

「11月上旬、主にTPPについて話し合うための閉会中審査が行われることがすでに決まっており、野党はそこで高木氏の下着ドロボー問題も取り上げようと手ぐすねを引いて待っている。自民党からは、高木氏には体調不良を理由に閉会中審査を欠席させ、フェードアウトするように大臣も辞めてもらおう、という声が上がっています」(同)

 どうやら大臣として、そして政治家としての命脈が尽きかけているのは間違いなさそうだが、次の点については今一度検証しておいても無駄ではあるまい。一体なぜ、下着泥棒の前歴がある高木氏が6回も当選を重ね、大臣にまで上り詰めることができたのか――。

 近年稀に見る「奇跡」が起こる背景で重要な役割を果たしたのは、3年前に他界した高木氏の父、高木孝一氏である。敦賀市議や福井県議、福井県議会議長、そして敦賀市長を16年務めた地元政界の“ドン”。そもそも高木氏が下着泥棒を働くも事件化を免れたのは、敦賀市長だった父の孝一氏が被害者家族に頭を下げて謝罪したからだが、

「高木氏が国会議員になれたのも、もちろん父親の孝一氏のおかげです。嶺南地区と呼ばれる高木氏の地元は原発と建設会社の街で、その両方を押さえれば選挙では安泰。孝一氏はこの地区の選挙で勝つ術を知り尽くした男でした」

 と、先の地元政界関係者は語る。

「高木氏は大学卒業後、孝一氏が設立した『高木商事』の社長をやっていた、ただのドラ息子で、地方議員を経験することもなく、1996年、いきなり国政選挙に挑戦した。この選挙では善戦の末落選しましたが、4年後の選挙で見事に当選を果たしたのです」

 96年と2000年、いずれの選挙でも「下着泥棒」について触れた怪文書がばら撒かれたが、その裏で孝一氏は“火消し”のため、涙ぐましい努力をしていたという。

「福井県では、小さなミニコミ新聞や雑誌が何十種類も発行されている。孝一氏はそういうところを回り、“息子のことを悪く書かないでくれ”と頼んでいた。お金も相当使ったのではないでしょうか」(同)

 ある地元雑誌の発行人もこう話す。

「00年の選挙の前、孝一さんが私を訪ねてきた。で、“息子がパンツ泥棒をやったという噂を流しているヤツがいるが、そういう噂が記事にならないように頼むよ”と言われました」

■下半身裸で…

 00年の選挙の際には、敦賀気比高校の前にある孝一氏の銅像の頭に女性ものの下着が被せられるという“事件”が起こったが、

「あれ、やったの私です。夜中、部下と一緒に出かけて行き、銅像によじ登って女ものの白いパンツを被せた。深々とね」

 と、犯行を告白するのは地元ミニコミ紙の社長。

「あの選挙の時、高木毅はウチに広告を出さなかったので嫌がらせで孝一さんの銅像にパンツを被せて写真を撮り、ウチの紙面に載せたのです。そうしたら次の選挙からは広告を出してくれるようになりました」

 何とも“エゲツナイ”パンツを巡る攻防なのだが、高木氏に関しては、その延長線上で、次のような真偽不明の噂が地元で流れたこともあるという。“高木は露出狂”――そんな噂が、敦賀気比高校に隣接する敦賀短大(現在の敦賀市立看護大学)の関係者の間で囁かれたのである。

「90年代のことですが、敦賀短大の北側にあった広い材木置き場に露出狂が出たのです。材木置き場の前の道を女子学生が通ると、コートを着た男がバッと出てきて前をはだけ、股間を見せ付ける。そんな事件が何回も起こった」

 そう振り返るのは、敦賀短大の関係者である。

「当時、高木さんが下着ドロボーだという話はすでに有名になっていて、この事件も高木さんの仕業ではないか、という噂が流れた。問題の材木置き場は高木さんの当時の自宅からも職場である高木商事からも近かった。それもあってそんな噂になったのでしょう」

 無論、それは単なる噂に過ぎず、裏付ける証拠は何もない。しかし、気になる証言がある。高木氏は人前で脱ぐことが決して嫌いではない、というのだ。

「地元の青年会議所時代の仲間と飲んだりする時には羽目を外し、服を脱いでしまうこともよくあります」

 とは、敦賀市の飲食業界関係者。

「数年前には、何かの催しの後、2次会か3次会で何人かの仲間と一緒にスナックのボックス席にいるところを目にしましたが、その時も下半身は脱いでいた。しかも、お尻に火のついたタバコを挟んで“ホッ、ホッ、ホ~タル来いっ”と歌っていた。そんなヤツがこの地域の代表として国会議員をやっているのか、と情けなくなりましたね」

“そんなヤツ”が今や大臣である。悪夢という他ない。

週刊新潮 2015年10月29日号掲載