無施錠の住宅街で6人連続殺害の悲劇 ペルー「死の使徒」の実弟に愛妻と愛娘を奪われた男の慟哭

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 平穏な住宅街に紛れ込んだ招かれざる“異邦人”――。挙動不審な外国人の目撃情報に端を発する“事件”は、瞬く間に前代未聞の惨劇へと発展した。“死の使徒”の実弟が振りかざした凶刃によって最愛の妻や娘、孫を奪われた遺族は、ただ慟哭するしかなかった。

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 その日、静かに暮らす一家が育んできた幸福は、不条理極まりない凶行によって無残にも切り裂かれた。

 埼玉県・JR熊谷駅の北西に位置する長閑な住宅街は、わずか3日間で6人もの死者を出す惨劇の舞台と化したのだ。その全ての殺害を実行したとされるのが、ペルー国籍のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン(30)である。

ペルー国籍のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン(30)

 9月16日、この男の血塗られた刃は、加藤美和子さん(41)と、娘の美咲さん(10)、そして春花さん(7)の命を奪った。

 愛妻と愛娘を一瞬にして失い、絶望の淵に追いやられた美和子さんの夫(41)。その張り裂けんばかりの胸の内を、彼の兄が代弁する。

「事件が起きた日の晩に、警察が弟の携帯に連絡してきたそうです。大急ぎで熊谷署に駆けつけると、まもなく3人の死亡が確認されたと告げられてね。本当に自分の家族が犠牲になったことを知って、普段はおとなしい性格の弟も、さすがに声を上げて泣き崩れてしまった」

 子煩悩な父親は、娘の大学進学を夢見て既に学資保険に加入していたという。しかし、事件はそんなささやかな希望までも打ち砕いたのである。

 司法解剖の結果、3人とも失血死と判明。美和子さんは左脇腹をはじめ上半身を執拗に刺され、2人の子供たちは共に、凄まじい勢いで首元に振り下ろされた一撃が致命傷となった。

 幼い姉妹の死に動揺を隠せないのは他の家族も同じだ。先の兄が続ける。

「親父やお袋も孫娘を可愛がっていたのでショックは大きかった。事件の翌朝、お袋の様子がおかしいのに気が付いて病院に連れて行ったんです。検査したら脳梗塞と診断されたので、すぐに入院させました。右半身の自由が利かず、お箸を持つこともままならない状態です。いまは弟と2人でお袋の看病をしながら警察の聞き取りに応じたり、お通夜や葬儀の段取りをしています。弟だけでも休ませてやりたいけど、お互い満足に眠ることすらできません」

 残された家族は悲しみに暮れる暇すら与えられず、いまも事件の余波に翻弄され続けている。

 ご承知の通り、突然の悲劇に見舞われたのは加藤さん一家だけではない。

 時系列に沿って言えば、まず14日に田崎稔さん(55)・美佐枝さん(53)夫妻、16日には白石和代さん(84)の刺殺体が発見された。立て続けに起きた殺人事件で現場となったのは全てが被害者の自宅であり、その3軒は半径500メートル圏内と至近の距離にある。

 そして、白石さん宅の周辺を聞き込みしていた捜査員が偶然、発見したのが加藤さんの自宅2階に立て籠もるナカダの姿だった。

 周辺住民が振り返るには、

「20人ほどの私服の警察官が白石さんのお宅から飛び出して、田んぼの畦道を猛スピードで走って行くのが見えました。何事かと思って追い掛けると、路地を挟んで裏手にある加藤さんの家を包囲している。さすまたや拳銃を構えて“降りろ!”と叫んでいた」

 しかし、ナカダは投降の呼びかけに応じず、最後は2階の窓から足を滑らせるようにして転落し、頭部を強打。救急搬送されたものの頭蓋骨を骨折して意識不明の状態が続く。その後、県警は凶器となった2本の包丁を押収している。他方、3軒の被害者宅周辺では一連の殺人事件が発生する直前から、不審な外国人の目撃情報が相次いでいた。

■血文字の判読

「13日の昼過ぎに帰宅すると、怪しげな男が玄関先を覗き込んでいました。恐る恐る“何か用かい?”って尋ねたら、左手を耳に当て、電話を掛けるようなジェスチャーで“ポリス、ポリス”と言うんだ」

 そう語る60代男性に向かって、この外国人は二つ折りの財布を取り出し、“マネー、マネー”と繰り返した。

「寝不足なのか、空腹なのかひどく疲れ切った様子で、口調も弱々しかった。そのうち縁石に座り込んで、頭を抱えながらブツブツ呟き始めた。日本語も通じないし、気味が悪くなったから近くの消防分署に助けを求めたんです」(同)

 まもなく消防分署からの通報を受けて、男は熊谷署へと引き取られ、所持していたパスポートや在留カードから“ナカダ”だと判明する。だが、あろうことか、その警察署で最初の“事件”が起きてしまう。

 社会部記者によれば、

「聴取の最中、ナカダは“タバコ、タバコ”と訴えた。警察官1人が付き添って署の玄関先で喫煙させたところ、隙をついて目の前の国道17号線に飛び出し、信号を無視して突っ切ってしまった。その後、猛烈な勢いで高崎線の線路を横断する姿が目撃されている」

 県警は残された現金3417円入りの財布の臭いを警察犬に嗅がせて逃亡者を追跡したものの、行方を掴むことは出来なかった。

 実はこの時、警察犬は加藤さん宅の2軒隣の家まで辿り着いていた。3日後にこの場所へ舞い戻ったことを考えれば、ナカダは事件前から被害者宅周辺の、ごく限られた地域を転々としていた可能性が高いのだ。

 一方、通報を受けた県警が14日に田崎さん宅を訪れた際、夫婦が変わり果てた姿で横たわっていた2階の洋間の壁には、10文字ほどの意味不明なアルファベットの血文字が書き殴られていた。

「県警はペルーの公用語であるスペイン語に通じた国際捜査課の職員を派遣して、血文字の判読に当たらせた。明らかに逃亡したペルー人との関連性を念頭に置いた対応です」(前出・記者)

 財布や携帯を持たない追い詰められた外国人が付近に潜伏し、殺人事件への関与まで疑われたにもかかわらず、県警が住民に注意を呼びかけることはなかった。

 その点を悔やむのは、先の加藤さんの兄である。

「最初の事件が発覚した14日に警察が防災無線でアナウンスしたり、周辺住民を訪ねて注意喚起することはできたはず。特に、この地域は普段から戸締りをする習慣がほとんどありません。住民の多くは高齢者ですし、古くからの顔見知りばかりなので防犯意識は低い。だからこそ、周知を徹底してほしかった……」

 これまで凶悪犯罪とは無縁で、日頃の近所付き合いも多い土地柄ゆえか、日中を無施錠で過ごす家庭は驚くほど多い。県警は3軒の被害者宅の施錠の有無について明らかにしていないが、周辺住民から、「警察が不審者情報を周知してさえいれば、少なくとも16日に起きた2つの事件は防げたのではないか」という声が上がるのも当然なのだ。

■“永久の地へ旅立つ”

 とはいえ、悪夢のような惨劇をもたらした最大の元凶が、ナカダというペルー人だったことは紛れもない事実だ。同時に、その犯行を語る上で、避けて通れないのが、彼の極めて特殊な家庭環境である。

 1985年8月にペルーのリマ郊外で生まれたナカダは10人きょうだいの末っ子。そして、一回り歳の離れた兄・パブロは、ナカダをはるかに凌ぐ大量殺人鬼として、彼の地を恐怖に陥れた人物だった。2008年に懲役35年の実刑判決を受けたパブロは、実に17人を殺害した罪で裁かれている。現地の新聞記事によると、

〈彼の殺害対象は、神の教えに背く同性愛者や売春婦、薬物中毒者〉
〈実際には、口径9ミリのピストルで25人の命を奪ったと証言し、逮捕されなければディスコを手榴弾で襲撃して客を皆殺しにする計画もあった〉
〈犯行動機は“この世からクズを一掃するためで、神から殺人の啓示を授かって、それに従った”〉

 もはや唖然とする他ないシリアルキラーぶりである。それ故、地元メディアにつけられた異名は“死の使徒”。この実兄とナカダの接点について、ペルー在住の姉・エレナさんが明かす。

「バイロン(ナカダ)は幼い頃から、分裂症気味だったパブロが動物を虐待する様子を目撃していました。数年前に一時帰国して、パブロの面会に訪れたバイロンはそこで号泣したそうです。彼自身も分裂症の兆しがあったので、何か共感するものがあったのかもしれません」

 6歳までに両親と死別したナカダは、その後、姉たちの家庭をたらい回しにされて育ったという。

「両親が亡くなってから家族は経済的に行き詰まり、彼は働き口を求めて10年前に日本へと渡った」(同)

 05年4月の来日後は、派遣会社に登録して全国を渡り歩く生活。今年8月以降は群馬県伊勢崎市の惣菜工場に勤務していたが、9月12日に「もう工場へ戻れない。背広を着た人に追われている」と一方的に電話で告げた後、消息を絶った。

「5年前に帰国した時は、げっそりと痩せ細って昔の面影がなかった。このままペルーに残るよう伝えましたが、バイロンは“運転免許を手に入れたからいい仕事にありつける。せっかくの就労ビザが切れてしまうのも勿体ない”と聞き入れなかった。彼はお酒や薬物には手を出しませんがヘビースモーカーでした。肺がんで死んだ親戚もいるので心配していました」(同)

 また、田崎さん宅で見つかった血文字にも“家族”の影がちらつく。

「20年ほど前に、バイロンの姉のアナが自殺した時を思い出します。彼女は鏡に自分の血で“No es buen mundo me voy, voy a ir a la eternidad(この世はつらい、永久の地へ旅立つ)”と書いて命を断った。バイロンはそれを覚えていたのかもしれない」(同)

 幼い命を奪われた美咲さんと春花さんの祖父は、呟くようにこう漏らした。

「息子の家庭は金目当ての強盗に狙われるような資産家じゃないし、恨みを買うようなこともない。楽しそうな家庭を築いていることが、犯人を刺激したのでしょうか。そうだとしたら、孫娘が不憫でなりません」

 生死の境を彷徨う“死の使徒”の実弟は統合失調症とも伝えられ、たとえ容態が回復しても凶行の全容解明には暗雲が垂れ込めている。遺族の慟哭だけが虚しく響く。

週刊新潮 2015年10月1日号掲載