山本夏彦『夏彦の写真コラム』傑作選 「詫びるどころか恩にきる」(1992年2月)

社会週刊新潮 2015年8月6日通巻3000号記念特大号掲載

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 すでに鬼籍に入ってしまったが、達人の「精神」は今も週刊新潮の中に脈々と息づいている。山本夏彦氏の『夏彦の写真コラム』。幾星霜を経てなお色あせない厳選「傑作コラム集」。

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 ブッシュ大統領は訪日する直前、日本で謝罪するつもりはないかと問われて一瞬けげんな顔をして、すぐ原爆投下のことだなと察するとそのつもりは毛頭ないと答えた。

 もし投下しなかったら日本軍は徹底抗戦して、なお数十万数百万の死傷者を出しただろう。原爆はその殺傷をふせいだと答えて謝罪どころか恩にきせた。

 私は十三年前の本誌本欄に「頻ニ無辜(ムコ)ヲ殺傷シ」を書いた者である。路上に横死したこの世のものではない被爆者の写真を何十万枚何百万枚複写して、同日同時刻航空機に満載して米ソをはじめ世界中にばらまけと書いた者である。

 それにもかかわらず私はブッシュの言いぶんをもっともだと思う。ブッシュは健康なアメリカ人の代表である。もしその非を認めて謝罪したらいずれ補償を求められる。サギをカラスと言いくるめるのが健康な国家であり個人である。すなわち健康というものはイやなものなのである。

 個人の例を甲子園の高校野球にあげたい。あれは戦前から今と同じく腐敗していた。選手はスカウトと称する人買いが買ってくる。いま選手は一流ホテルに逗留して、おしよせるファンの女子高生と転瞬のうちに室内で通じるのを監督は知って知らないふりをしている。新聞は純真無垢な高校野球のイメージを損ずることならすべて黙殺して記事にしない。「健康」というものの一例である。

 私は健康をほとんど憎んでいる。健全な精神は健全な肉体に宿るなんてウソである。

 ところがひとりわが国だけは私のいわゆる良心的、安ものの正義のかたまりで、平謝りにあやまってばかりいる。謝罪しないと新聞が謝罪せよと言う。

 去年九月天皇陛下がアジア各国を訪問されたときも「反省」や「謝罪」のお言葉がなかったのは残念だったと新聞はそのつど書いた。謝罪すれば弁償を求められる。新聞はこれまでの弁償のリストとそれが一人当り税率いくらに当るかを掲げ、それでもなお人は良心と正義のかたまりかを問うがよい。

「鬼籍に入った達人『山口瞳』『山本夏彦』 三千世界を袈裟切りにした『傑作コラム集』」より