終戦記念日に愛人と一戦交えた「額賀福志郎」元防衛庁長官

政治週刊新潮 2015年8月27号掲載

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 毎年8月15日、日本列島は鎮魂の祈りに包まれる。然るに、この終戦記念の日、自民党の大派閥領袖がとった行動は俄かには信じ難いものだった。旧経世会を継承した額賀福志郎・元防衛庁長官である。彼が年の離れた愛人と享受した“一番暑い日”の秘め事とは――。

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額賀元長官の“臍の下から三百代言”

「戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心からなる追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります」

 8月15日の終戦記念日。東京都千代田区の日本武道館では全国戦没者追悼式が厳かに営まれ、気温32度を超えた正午、1分間の黙祷の後、天皇陛下は追悼のお言葉を述べられた。

 この日が、我が国にとって、鎮魂の祈りを捧げる特別な日であることは、今さら言うまでもあるまい。しかも今夏は戦後70年となる節目の年である。遺族に加え、安倍総理はむろん、国政を預かる多くの政府関係者や主だった国会議員が数多く参列したのもそれゆえのことだった。

 現役閣僚にして、同時に自民党で自らの派閥を率いる麻生太郎財務相や岸田文雄外相らの姿もあった。

 しかるに、この厳粛な日、50人ものメンバーを擁する党内2番目の大派閥の領袖がとった行動は、その立場やTPOをわきまえたものだったかどうか。旧竹下派(経世会)の流れを汲む「平成研究会」の会長、額賀福志郎・元防衛庁長官(71)である。

 夕刻、赤坂の議員宿舎を出た彼がタクシーに乗り込み目指した先は、派閥のメンバーが待つ都心の料亭でも、後援者が集う地元の茨城でもなく、お盆休みの行楽客で賑わう、黄昏時の品川の街だった。そこでプラダのバッグを持つ四十がらみの女性と落ち合ったのが午後7時30分。どことなく吉永小百合にも似た面影を持ちながらも、清楚というよりは、気だるい色香を漂わせる女性だ。2人は迷うことなく、品川駅近くの洋食屋『つばめグリル』に向かい、カップルや家族連れなど10人以上の入店待ちの列に並んだ。

 熱気の残る店内の階段で、扇子やうちわをパタパタさせながら20分近く待たされ、ようやく着席。ハンバーグやロールキャベツなど名物料理を注文したのである。途中、女性は白ワインをねだり、額賀元防衛庁長官にも勧めていた。傍目には少し年の離れた仲の良い夫婦と映っていただろうか。

 だが、その後、夜の帳(とばり)がおりた街に出た彼らは、雰囲気を一変させた。徒歩で7~8分の距離にある高級シティホテル『ザ・プリンス さくらタワー東京』に向かう際に、突然、他人同士のようになり、別々に歩き出した。女性が一人で先を歩き、その10メートルほど後ろを素知らぬ体で、付いていく額賀元防衛庁長官。これが防衛トップを務めた経験からくる危機管理である。

 ホテルのロビーに至ると、その警戒は、さらに厳重なものとなった。すでにチェックインは女性が済ませているのか、フロントを素通りして、まず彼女だけが1階のエレベーターホールに向かい、額賀元防衛庁長官は、またもや素知らぬ体で少し離れた場所で待機する。エレベーター前に他の客がいなくなるまでの間、彼女はイスに腰掛け、携帯電話を手にして数分間、時間を潰していた。

 いよいよエレベーターホールから人がいなくなると、2人は示し合わせたようにエレベーターを待ち、同じ箱に乗り、ようやく2人きりになれたはずだった。ところが、2階から他の客が乗り込んでくると、再び、よそよそしい他人の振りの演技が始まる。例えば女性は終始、天井を見つめ、彼の方は、エレベーターの出入り口に背を向けたまま、奥の壁の方を凝視する。どうにも不自然極まりないのである。

 もっともエレベーターが12階で停止すると、カップルは一緒にエレベーターを降りた。そして午後9時頃、アロマオイルの芳(かぐわ)しい香りが迎える、豪奢な部屋の扉を開けたのだ。ちなみに、このフロアーにはシングルはむろん、ツインの部屋もない。全室、キングサイズのベッドが設えられたダブルルームで、一泊3万~7万円だという。食事は庶民的だったが、ことホテルに関しては、額賀元防衛庁長官も奮発したのだ。

 結局、彼がホテルを出たのは、日付が変わってからのことだった。日本の敗戦が決定した日に繰り広げられた、自民党の派閥領袖の“一番暑い日”。念のため、付け加えれば彼には、ながく選挙を支えてくれた妻と30~40代の娘が3人いる。

「全く、よりにもよってこんな日にデートとは……」

 と呆れるのは全国紙のベテランの政治部デスクだ。

「額賀さんがトップを務めている平成研究会の源流は田中派です。彼は今は無役となっていますが、本来、国家とはなんぞや、権力とはなんぞやということを突き詰めて考える大局観が不可欠な地位にいるわけです。それが安保法制の審議が大詰めを迎えているこの段階で、しかも終戦記念日に、誰に見られるかわからない街中で愛人と逢うなんて、理解不能です」

 田中角栄元総理や竹下登元総理も草葉の陰で泣いているに違いないというわけだ。

■「ホテルで相談に乗った」

 ホテルのロビーでの所作を見る限り、派閥領袖としての大物感に欠ける額賀元防衛庁長官は、茨城県行方市出身。

 早稲田大学政経学部卒業後、産経新聞社に入社し、経済部や政治部の記者を務めたという。田中派の番記者となり、竹下元総理に目をかけてもらったのが政治の世界に足を踏み入れるキッカケとなった。

 旧茨城1区(現2区)から衆院選に初出馬したのは1983年のことで見事、当選し、田中派入り。爾来、11期連続当選を誇る。

 元田中派担当記者が当時を振り返る。

「84年、竹下さんは角さんと袂を分かつ形で、田中派(七日会)内に『創政会』を立ち上げた。築地の料亭『桂』で決起集会が開かれましたが、小沢一郎、金丸信、羽田孜らに混じり、その創設メンバーの一人となったのが、額賀さんです。これが後に『経世会』となり、田中派から独立する」

 その後、小沢一郎元自民党幹事長らが内紛で経世会を割って出たことから、相対的に派内での貫目が増し、“経世会のプリンス”とまで呼ばれるようになった。

 98年、小渕恵三内閣で防衛庁長官として初入閣。以来、官房副長官や自民党政調会長、財務相などの要職を歴任してきた。

『平成研』の会長に就任したのは2009年。つまり、酸いも甘いも噛み分けた、押しも押されもしない政界の重鎮の一人である。

 一寸先は闇という言葉を知り尽くしたはずの彼が、フラフラとデートに誘われてしまった美人は何者なのか。

 仮の名を木村裕美さんとしておこう。年齢は41歳という。ある知人によれば、

「木村さんは独身。現在、都内の弁護士事務所で事務員として働いています。港区内の高級マンションに住んでいる。4~5年前まで赤坂の料亭で仲居をしていたことがあるから、その時分に、額賀先生と知り合ったのかもしれません」

 デートの様子を見れば、昨日今日、深い仲になったのではないことが見て取れるが、ご本人はどうお答えになるのか。

 電話に応対した額賀元防衛庁長官は、まずすっとぼける。

「何が? 木村裕美?」

 そんな名前には覚えがないと言わんばかりだが、さらにお尋ねすると、

「思い出したけれども、仕事のことで相談を受けたことはあったよ。彼女の友達がいて、確認をして欲しいって言うから、行った。内容がよくわかるまで聞いていたということです。ただ仕事の話をしただけですよ。“大事なことなので、急なことなので相談を聞いて下さい”って言うから、行っただけの話で、それ以外のことはありません」

 つまり、彼女の友達がプリンスホテルのダブルルームで長時間待機しており、なぜか、レストランや喫茶店ではなく、キングサイズのベッドのお部屋で相談に乗って欲しいと頼まれたという説明である。

■迫力なき派閥領袖

 この弁明では、おそらく小学生でも納得しない。それなら、ホテルの一室に向かう途中の不自然な他人行儀の小芝居は何だったのか、と言いたくなるというものだ。

 ちなみに彼女は、この少し前、額賀元防衛庁長官とのデートについて記者にこう答えている。

「えっ、私はどうしたらいいんですか。先生とは知り合いで……。記事にするんですか。深い関係じゃなく、食事しただけなんだし……。個人情報なので……」

 お友達の法律的な相談という話はなぜか一切、なかったのである。

 地元の後援者は、

「安保法制で、与党が野党に攻め込まれている時に、不倫で話題になるなんて、本当に情けない」

 と嘆くのだが、先の政治部デスクは、

「額賀さんは大派閥の長として、本来なら9月告示予定の自民党総裁選でキーマンになるべき存在です」

 と言う。

「自ら名乗りを上げるか、別の幹部に出馬を促すかは別にして、安倍総裁の対抗軸を作るべき立場です。そうやって自民党内に新たな空気を入れなければいけないのに、彼は、7月末に早々と安倍総理への支持を表明してしまった。党内を“一強多弱”にしている最大の元凶なのです。日頃から派閥の若い者にご飯を食べさせる努力もせず、落選議員の面倒見も悪いから、人望もない」

 この点、政治評論家の浅川博忠氏も手厳しい。

「額賀さんはよく言えば穏やかでお人よしだが、派閥の領袖としては、決断力に欠け、迫力不足です。これまで何度か総裁選に出る機会があったのに、2007年の第1次安倍政権が倒れた後の総裁選でも土壇場で撤退し、これまでただの一度も立候補したことがない。総理総裁候補になれない者がいつまでもトップのままでは、その派閥は活力そのものを失ってしまいます」

 よりによって終戦記念日に愛人とホテルデートに耽り、言い訳はお粗末な子供だましレベル。総裁選はともかく、この人物が派閥領袖になれる自民党の未来はお先まっ暗ではないか。