『徹子の部屋』の歴史上「唯一のカット」とは 黒柳徹子が語る放送一万回の秘話

エンタメ 芸能 週刊新潮 2015年8月6日通巻3000号記念特大号掲載

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 平日、お昼時に〈♪ルールル〉の音楽とともに登場する黒柳徹子さん(81)の『徹子の部屋』(テレビ朝日系)は、もはや我々の日々の生活における“読点”となっているとさえ言えよう。そんな国民的番組の司会を続けてきた黒柳さんが、放送1万回の秘話を語る。

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 1976年2月に始まった同番組は今年40年目に突入した。放送回数は1万回を超え、同一司会者による番組の世界最多放送回数記録でギネス認定されている、比類なき長寿番組。

『徹子の部屋』には40年変わらない点があります。それは収録スタイルです。まず、翌週の収録分について、金曜日にまとめてスタッフと打ち合わせをします。翌週収録のゲスト6人について、ディレクターが代わる代わる私と、それぞれ1時間くらい話し合う。生放送の要領で収録していますから、ゲストに関する情報を細かく理解しておく必要があるんですね。

 そして、翌週の月曜日と火曜日に3本ずつ収録する。放送は月曜日から金曜日までの週5本ですから、毎週1本分、余分に撮っているわけです。これは毎年、私がユニセフのお仕事で休む時や夏の休暇をいただく時のための「ストック」で、収録したものは全て放送していて、お蔵入りになったものは1本もありません。

■二つの約束

 また、番組開始時に私がテレビ朝日にお願いした二つの「約束」も守っていただいているので、これも40年変わっていないことと言えます。

 一つはインタビューを編集しないこと。もう一つはスタッフをあまり入れ替えないでほしいということ。

 編集すると、ゲストはここを使ってほしい、プロデューサーはここを残したい、私はあれもこれも入れてほしい――といった具合に、番組が雑になってしまうと思ったからです。これまで多くのゲストが、「ここだけの話」として面白い話を『徹子の部屋』で披露してくださいましたが、これは編集しない方針が結果的にゲストに安心感を与えることに繋がっているからじゃないかと、私は考えています。

 スタッフの入れ替えをしてほしくないのは、阿吽(あうん)の呼吸で番組を作りたいからで、実際、40年前からずっと私と一緒に『徹子の部屋』を作ってくださっているスタッフが、まだ2、3人残っているんですよ。

 こういった「原則」を40年守ってきたわけですが、編集しないという禁を破ってしまったことが1回あります。後にも先にも、インタビューをカットしたのはこの回だけです。それは昭和の大女優、杉村春子先生に出ていただいた回のことでした。

■芸者の子どもの年齢は…

 もともと私は、杉村先生の文学座に入ろうとしていたくらい先生を慕っていました。その杉村先生が当時、80歳になられたと聞き、何気なく「先生って、丙午(ひのえうま)ですってね」とお尋ねしたんです。そうしたら先生は笑いながら、「あなた、私は芸者の子どもで私生児ですよ。親がいつ役所に出生届を出したかなんてはっきりしないの。だから、私が幾つかなんて分かったものじゃないのよ」とお答えになった。どういうことかというと、要するに杉村先生は、本当はもっと年上だったってことでしょう。

 ご本人は気にしている様子もありませんでしたが、当時、先生は文学座の『女の一生』で、全国を旅公演することになっていたんですね。その公演では、冒頭のほうで杉村先生が、14歳だか15歳だかのおさげ髪の少女を演じなければいけなかった。それで、収録に来ていた文学座の方に、「『女の一生』は来週から始まるんです。10代の少女を演じる直前に実年齢を意識させてしまうのはさすがに何なので、あそこは何とか切っていただけませんか……」とお願いされて、そこのところだけはカットしました。1万回を超えた『徹子の部屋』の歴史上、これが唯一のカットです。

■レスラー直伝トレーニング

 トットちゃんの愛称で親しまれてきた黒柳さんも半寿を迎えたが、番組で出会った澤穂希ら「若い友人」との付き合いの影響もあってか、衰えは見られない。大病を患ったこともなく、『徹子の部屋』でも40年にわたって「皆勤賞」を続けてきた。

 健康の秘訣は、毎日30分歩くことと、就寝前の50回のヒンズースクワットですかしらね。

 スクワットは、ジャイアント馬場さんに教えていただいたんです。98年の11月の末に出演していただいた際に、「あなたは100歳まで仕事を続けたいと思っていると聞きましたが、それならこれをやってください」と言って、教えてくださったのがスクワット。この出演から2カ月後に彼は亡くなってしまったんですが、教えていただいてから今日まで、スクワットを欠かした日はありません。遺言ですから。

 もう一つ、馬場さんからは2階分の階段の上り下りを1日2往復やるようにとも教えていただき、今でも毎晩、人気(ひとけ)がなくなった頃を見計らって、自宅マンションでそれを実践しています。

 もし、深夜に階段をウロウロしている私を見掛けても、徘徊じゃありませんからね。

「特別読物 『黒柳徹子』が振り返った『徹子の部屋』1万回の余話」より