【独占告白】「ドラえもん」がわからなくなった妻「大山のぶ代」と700日の春夏秋冬――砂川啓介

芸能 週刊新潮 2015年5月28日号掲載

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■「2、3人いるわ」

「もっとも、病名が認知症だとはっきりしただけで、生活そのものは、それ以前と以後で変わったわけではありません。ペコは正午ごろに起き、僕が作った朝食と昼食を兼ねたブランチを摂ります。『ご飯だよ』と声を掛けると、『はーい』と返事をして3階の自室からリビングのある下の階に降りてくる。だいたい和食が多く、服用薬との兼ね合いで、ホウレンソウやブロッコリー、納豆以外の食材を使って調理しています。食事が終われば部屋に戻って横になる。そして午後6時ごろからは夕飯で、それを済ませると再び自室へ。食べて寝る、それが基本的なスタイルです。

 ここからは、具体的な症状についてお話ししましょう。まず味覚については、かなり鈍ってきていると見ています。というのも、前の日に『美味しい』と完食したものを、明くる日には『まずい』と言って残すことがお決まりのパターンですから。あるいは食事後、漬物が入ったタッパーに食べ残した肉を重ねて蓋をし、冷蔵庫に戻したこともありました。正常な味覚の持ち主なら、そんなことはしないはずです。

 次に、『衛生面での無頓着さ』についてです。これは認知症の典型的な症例のひとつで、とにかくお風呂を嫌がる。それでも週に2度、女性のマネージャーに入ってもらっています。トイレもしかりで、独りで用を足すことはできるのですが、流さずに出てくることがしばしば。また、お尻などをきれいにしないまま、下着をはいてしまうことも時折あります。

 実はかれこれ40年、僕らは寝室が別なんです。彼女が死産を経験して、いわゆる妊娠恐怖症になり、お互いの身体に触れることがなくなった。僕が30代のころの話で、結果として、色んな女性と関係を持つことになりました。芸能人にダンサー、そして一般の方もいて、まあ、それもペコは黙認していたんですよ。でも今や、そんなこともすっかり忘れて、僕がベッドまで連れ添うと、両手を広げてハグを求めてくるんです。当初は、接し方が難しくてかなり戸惑いました。

 差し当たって、彼女の寝室のドアは開けたままにしています。そうすることで、何か異変があってもすぐにわかりますから。一例を挙げると、ボソボソ変な声が聞こえてきたことがありましてね。ペコによると、話し相手は彼女が16歳のときに亡くなった母親で、『“気をつけなさい”と言われた』と。要するに幻覚症状が出ているんです。居間にいるときも『あそこに2、3人いるわ』とこぼすことがありますよ。

 続いてテレビにまつわるエピソードです。もちろん『ドラえもん』も含めてあれこれと見ていますが、内容を理解しているわけではないでしょう。それどころか、テレビに対して、要領を得ない言葉を投げかけたりするのも日常茶飯事。あるときには『チャンネルが替わらない!』と怒っていたことがありました。何のことはない、エアコンのリモコンをテレビに向けて、一生懸命ボタンを押していたんです。

 運動に関して言うと、本人はあまり外に出たがらない。無理にやらせるのも酷なので、外出は月に一度、通院するときだけです。ペコはたいていの場合、叫んだり暴れたりしないし、徘徊することもありません。とはいえ彼女と1日ずっと過ごし、介護のことばかり考えると、どうしても気持ちが塞ぐ。ですので、家政婦やマネージャーに彼女を任せ、知人と夕食を食べに出るなど、適度に息抜きをするように心がけています。

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