徴兵制から最も遠い「自衛隊」の真実【後編】 世界トップレベル「P-3C」の対潜能力を支えるもの――杉山隆男(作家)

政治週刊新潮 2015年5月21日菖蒲月増大号掲載

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 日本周辺の海域に出没する外国艦艇を追尾し、睨みをきかせるP-3C。このプロペラ機で編成される海自の哨戒部隊は、屈指のサブマリンハンターとして畏怖されている。『兵士に聞け』の著者・杉山隆男氏は、職人芸とも評されるその対潜能力の源泉を探った。

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「日本のP-3Cは相当しつこい相手と思われていると思いますよ」

 南の国境の海を空から守る海上自衛隊の哨戒機P-3C部隊の岩政秀委飛行隊長はそう語る。

 沖縄周辺の東シナ海には外国海軍の艦艇が頻繁に出没する。中でも二〇十二年九月に日本政府が尖閣諸島の国有化を宣言して以降、その活動を一気に拡大、活発化させているのが他でもない中国である。そうした外国艦艇が日本周辺の海域にあらわれると、海上自衛隊のP-3Cは上空から追尾して、彼らの活動の実態をつかむべく必要な限り監視をつづける。

 緊迫感が張り詰める監視飛行の本番で、隊員たちがどのような状況に直面し、何を体験しているのか、任務のつぶさな中身はいっさい語られない。ただ、外国艦艇に対するP-3Cのマークはどうやら徹底して行なわれているようだ。

 むろん那覇基地に展開する二個のP-3C飛行隊を束ねる隊司令の尾畑典生一佐が言うように、「相手に変な疑問を持たせないような、緊張させないような飛び方をしなければならない」ことは前提条件だ。

 たとえば、剣道で構えるときのように相手の真正面に向かっていく飛び方は、相手をいたずらに緊張させる恐れがあるのでご法度である。しかし、逆に相手から遠ざかっていればいいのかと言うと、それでは目的の「情報収集」がおぼつかない。

 尾畑司令は言う。

「近づけば近づくだけ、やはり何らかのリスクはあるんですね。そのリスクを少なくしつつ、でも、しっかり情報収集ができるというところを心がけています」

 そして、東シナ海での監視飛行のハードルを高くしているのが、この海域ならではの厳しい気象である。何より台風の通り道だし、その台風は沖縄近海に到達する頃には南の湿った温かな空気をたっぷり吸って、勢力を最大限にまで発達させている。

「天気はほんとうに侮れないというか、天気に対しても緊張感を持って飛んでいます」

 加えてここは雷の多発エリアだと尾畑司令は言う。

「飛行機は雷雲には入らないのが鉄則なんですけど、たとえば雷雲の下に何か怪しい目標がいるとき、それを見に行くのか行かないのかというのは、常日頃からの経験に基づいた機長の判断になる。この判断はひじょうにきわどいと言うか、微妙なところですが、でも、しっかりと根拠をもって判断するように機長には言っています。安全第一ですが、一方で、何でもかんでも、行けないと言っているわけにはいかんですからね」

 任務の性質上、安全とリスクを秤(はかり)にかけて、その「きわどい」バランスの上でのフライトとなるのだろう。

 つまり監視飛行は、外国艦艇との緊迫感のただ中に身をおくだけでなく、苛酷な条件のもとで飛ぶこと自体が、隊員たちが体を張った、文字通り気の抜けない真剣勝負なのだと言える。

 P-3Cは、日本の周辺に近づく不審な「目標」の正体とありかを突きとめるための、さまざまな最先端のセンサーを装備している。ただ、気象条件が時としてそうしたハイテクの力を阻むこともある。以前取材した青森県八戸の飛行隊では、パイロットたちは八戸沿岸の特性として海上に立ちこめる霧をあげていたが、それを言うなら、沖縄近海の厄介な存在は「湿気」ということになる。

 夜を貫く「眼」となる赤外線探知装置。しかし雨の中で「眼」はきかなくなり、雨が降っていなくても湿気に弱い。要するに眼が「曇る」のだ。沖縄の海ではこの湿気のせいで赤外線センサーがうまく働かないことが時々あるという。となると、最後の頼りは、センサーではなく、自分の眼で見ることだ。そのためには目標に近づかなければならない。

「でも、われわれには決められている離隔距離というのがあります。それを絶対破るなと、部下には厳命しています。見えなければ見えない。それ以上のこと、規則を犯すことはできません」

 P-3Cに搭乗する幹部に国際法の勉強を義務づけている岩政飛行隊長はそう強調する。

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