そこまでやる!? 漫画マニアをうならせる、ドラマ「闇の伴走者」のこだわり過ぎの「細部」
放送中のドラマ「闇の伴走者」(WOWOWプライム毎週土曜よる10時、全5話)が、今、漫画マニアの間でひそやかな注目を集めている。
ドラマの原作『闇の伴走者―醍醐真司の博覧推理ファイル―』(新潮文庫刊)の著者は、週刊漫画雑誌の元編集長で『MASTERキートン』ほかの漫画原作・脚本でも知られる長崎尚志氏。
巨匠漫画家・阿島文哉が遺した未発表の画稿には、昭和の未解決連続失踪事件の謎が潜んでいた、そしてその真相を解き明かそうという主人公たちの前に、やがて思いがけない人物像が浮かびあがる……。漫画の世界を舞台にしたそんな奇想天外なミステリーは、まさに長崎氏ならではだが、
「マニアの注目ポイントは、それだけではありません」
ドラマを観た編集者が指摘する。
「言葉で表現する本と違って、ドラマの場合は、巨匠の画稿やスタジオに貼ってあるポスター、フィギュアなどをすべて視聴者に“見せる”必要がある。今回は、ドラマのそうしたディテールが執拗なまでに再現、創作されていて、それが漫画好きには堪らないんです」。
W主演の松下奈緒さん。ベレー帽を被った喫茶店の客、どこかで見たような…。(ドラマ「闇の伴走者」より)
日本を代表する巨匠漫画家・阿島文哉の仕事場“アジマプロ”の本棚。ヒット作『議会の太陽』『眠る探偵』『放課後ワルツ』がずらりと並ぶ。
なかでも、「巨匠の遺稿」は物語の核心をなす、欠かせないビジュアルだ。「巨匠・阿島文哉」の筆致を数十ページにわたって“再現”したのが、著名漫画家たちの絵柄をギャグで真似る作風で知られる人気漫画家・田中圭一氏だった。
「80年代に描かれたであろうという設定なので、Gペンやスクリーントーンなどあの当時にしか使われていなかった道具を揃えて、80年代風の筆致も完全再現しました。これに挑まなければ漫画家として『負け』になる、そういう気持ちで執筆しました」(田中氏)。
こうして生まれたのが、ここに掲載した画稿だ。
田中圭一氏が描いた「巨匠の遺稿」。80年代風の筆致も完全再現。
■アジマプロ!? “すげえ漫画大賞”!? 等身大パネル!? “架空”の漫画を完全再現!
25日(土)に放映の3話、4話(5月2日放送)に登場する「漫画家・斑目」の画稿も、ミステリーの謎を解くキービジュアルだ。
ドラマのプロデューサー・喜多麗子さんが振り返る。
「斑目の画稿は、『富江シリーズ』ほかで知られる人気漫画家・伊藤潤二氏が引き受けてくださることになりましたが、ここで問題が……。実は、原作ではこの画稿がどんな物語なのか、ほとんど触れられていません。少年時代を題材にした半自叙伝であることや、生まれた土地や家族関係、貧困生活をしていたことなど、5行ほどしか記述がないんです。ところが、ストーリー展開上、『途中から誰かアシスタントが代筆しているのではないか?』と主人公・醍醐が疑いを持つような画稿にしなくてはならない。伊藤さんに画稿を依頼するにはオリジナルのシナリオが必要で、演出部が必死で考えましたが、原作者のイメージ通りにはならず、結局、長崎さん自らが、ご自身のイメージを見事に文章化してくださったんです」。
伊藤潤二氏が描いた『マンチュリアンクラッチ』の画稿。原作では5行ほどしか記述がない。
その文章とは……、
【山口県に引き上げて来た少年が町や野原で様々な体験をする物語。幽霊か生きているのかわからない帰還兵に出会い、不思議な話を聞いたり、掘っ建て小屋に住む老婆から山口の伝説や伝承を聞き主人公も同じ体験をしたり……。闇市で中国地方に伝わる幽霊や妖怪と出会ったり、戦争中の裏切りに怒る幽霊が裏切り者への復讐のため現われたり……云々。牧歌的な話もあれば怪奇話もありという短編集なのです。斑目版「遠野物語」であり「スタンドバイミー」という感じです】
喜多プロデューサーが続ける。
「『これを伊藤さんにお伝えすれば、描ける方だから大丈夫』というメッセージ付きでした。実際、この文章をもとに伊藤さんが仕上げた4枚の漫画は素晴らしかった。イメージする力が並外れている、プロ中のプロだと感動しました」。
ほかにも、このドラマの細部へのこだわりは列挙にいとまがない。たとえば、「人気若手漫画家・戸村」の代表作(ということになっている架空の作品)『蒼き炎のシュヴァイン』は、カラー画稿だけでなく、ポスターやパネルまで作成。阿島文哉のヒット作『議会の太陽』『眠る探偵』『放課後ワルツ』(もちろんすべて架空)については、日本を代表する巨匠漫画家らしく、特大パネル、マスコット、看板などを作成。さらには書店店頭には巨匠の本がずらりと並ぶ「阿島文哉コーナー」まで作ってしまった。
出版社「英人社」の内部。壁には“すげえ漫画大賞”受賞ポスターが。
「人気若手漫画家・戸村」の代表作『蒼き炎のシュヴァイン』の宣伝ポスター。
“アジマプロ”に飾られる巨匠漫画家・阿島の写真とヒット作『議会の太陽』『眠る探偵』のマスコット。
“アジマプロ”の入り口。
監督、プロデューサー陣の“細部へのこだわり”の下、たくさんの漫画家、美大生、美術スタッフの献身で生み出された、渾身の画稿や小道具類。オンエアではほんの一瞬しか映らないものがほとんどなので、ドラマを観る際には見逃さぬよう、気をつけて!