国連だって少年の「実名報道」は禁じている/石井小夜子(子どもの人権連代表委員) 少年犯罪の「実名・写真報道」私の考え

社会週刊新潮 2015年3月19日号掲載

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 週刊新潮の報道は少年法に違反すると日本弁護士連合会会長が遺憾を表明していますが、私もまったく同じ考えです。

 特に今回は、名前や容ぼうなどの報道を禁じた「少年法61条」がクローズアップされています。では、なぜ、61条を守ることが大事なのか、それを説明しましょう。

 そもそも少年法は、さかのぼれば日本国憲法13条の〈すべて国民は、個人として尊重される〉という規定と、同26条の教育を受ける権利から導かれている。これらは子供たちの成長と発達を保障しているものだということを知っておいてもらいたい。

 もっとも、61条に反したからといって罰則はありません。実名報道された場合は、損害賠償の裁判を起こすことができますが、2000年の大阪高裁判決で訴えた側が負けたこともあって、弁護士会が抗議声明を出しても放置されたままになっているのです。

 しかし、国際的に見れば、少年のプライバシーは保護されるべきだというのが変わらぬコンセンサスなのです。何より少年法の内容は、日本が批准した国際条約にもきちんと盛り込まれている。しかし、今回の事件では、そうした観点からはあまり語られていないのが残念です。

 我が国は、国際人権法にある「子どもの権利条約」を94年に批准しています(註・憲法98条には国際条約の遵守が規定されている)。具体的にいうと、条約の第3条には〈児童の最善の利益の確保〉、そして16条には〈プライバシーの確保〉が記されている。また40条では、司法手続きのすべての段階でプライバシーが充分に尊重されなければいけない、とあります。

 そのほかにも「国連最低基準規則」というのがあって、ここでも厳格なプライバシーの保護が規定されています。つまり、罪を犯した少年の特定につながる、いかなる情報も公開してはならないとあるのです。それはなぜか。規則の「注釈」には、プライバシーの公表によって犯罪者の烙印を押され、有害な影響をもたらすという証拠があると、はっきり示されているのです。

 少年事件というのはメディアが書けば書くほど、社会の論調は厳罰化に向かってしまうものです。そうなると事件は、容疑者の少年とその家族だけの問題になってしまう。彼らは社会から疎外され、報道によってますます戻れなくなる。

 実際、少年法は、00年以降、4回の改正を経ており、その内容は厳罰化されています。これに対して国連は、この間、3回も反対する勧告を出しているのに、そうした論議は全く起こっていない。一体何のために条約を批准したのかという気持ちです。

 今回の事件では、容疑者の少年に対して厳罰を下すべきであるという風潮が強いのは事実です。しかし、以前の日本はもう少し寛容だった。正義感から実名報道することが、果たして正義の実現につながるのか。メディアにはそれを考えてもらいたいのです。

「特集 少年犯罪の『実名・写真報道』私の考え」より