顔写真を晒すネットはマスコミよりも怖い/見城美枝子(ラジオパーソナリティー) 少年犯罪の「実名・写真報道」私の考え

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 幼児の時に刺激的な味覚を体験すると、大きくなっても刺激的な味を好むようになると言います。同じように幼い頃からコンピュータゲームなどで敵を殺し続けると、“命”というものに対する実感がなくなるのではないか――。今度の事件でそんなことを考えました。

 今回、実名報道した週刊新潮はどこを探しても買えませんでした。誰もが買って読みたいと思ったからなのでしょう。

 私は長い間、テレビやラジオの放送に携わり、今でも毎週水曜日にラジオでパーソナリティーパートナー(TBS『大沢悠里のゆうゆうワイド』)を務めています。テレビやラジオには放送コードがあり、マイノリティーを差別してはいけないなどの理由で、使用できる言葉が制限されています。新聞にも同様の規制があります。しかし、今のインターネットには規制はありません。テレビやラジオは公共放送だが、ネットは個人の通信だから制限はないというのがその理由です。どんなエログロでもありの無法地帯になっています。

 そのような中、川崎中1殺害事件が起き、ネット上に18歳少年の実名と顔写真が載りました。とはいえ、誰もがネットにアクセスできるわけではありません。現在、ネットをやる人とやらない人とでは、情報量がハッキリと分かれてしまいました。既存メディアの存在意義が問われている状況です。

 そこに週刊新潮は実名と写真を掲載して、少年犯罪報道のあり方に一石を投じました。

 現在、18歳から選挙権を与えようという動きがあります。義務を課さないで権利だけを与えるのは間違いです。被害者の名前だけが公表されるのもおかしい。このことについても疑問を投げかけたのではないでしょうか。

「特集 少年犯罪の『実名・写真報道』私の考え」より

週刊新潮 2015年3月19日号掲載