浅田真央と佐藤コーチ スポーツ界にみる師弟関係

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 右足を高々と上げたスパイラルから左手を大きく払い、身体を一回転。ぐっと胸を突き出しフィニッシュ――。見上げた真っ白な天井は、涙でぼやけていたはずだ。

 2月21日未明に開かれたソチオリンピックフィギュアスケート女子フリーの演技。前日に行われたショートの演技がふるわず、茫然自失となった浅田真央。わずか一晩で全てを立て直し、自己最高得点を叩き出し、会場は万雷の拍手に包まれた。

練習量が全て

 強靱な精神力、類い希なる才能……。浅田が短時間で自身を奮い立たせることが出来た理由は多々挙げられよう。だが、


「練習量が全てですよ」

 と指摘するのは、大宅壮一ノンフィクション賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞した『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の著者増田俊也氏だ。

 無論トップアスリートと呼ばれる人たちは、才に恵まれているだろう。しかし、それだけでは一流中の一流にはなれないと同氏は指摘する。

柔道王・木村政彦

 木村政彦は戦前戦後を通じて15年不敗、13年連続日本一という恐るべき戦歴を誇る柔道王だ。「木村の前に木村なく、木村のあとに木村なし」と謳われ、柔道史に燦然とその名を輝かせ続けている、いわゆる最強の柔道家だ。

 木村は熊本で生まれ育った。幼少期から天才の名を恣にしていたものの、漫然と日々を送っていたわけではない。1日何時間も流れの速い川に立ち、中腰で砂利を掬うという仕事を続けた結果、足腰が鍛え上げられていたのだ。

 さらに「人と同じ練習量では不安だ。3倍練習してやっと安心できる」と1日10時間以上も練習に励んだ。

 浅田も同じだ。ソチに入ってもあてがわれた練習時間では足りぬと自らアルメニアでの合宿を敢行した。3倍努力でやっと安心――。

師の存在

 もう一つ、浅田と木村に共通する強さの秘密がある。師の存在だ。木村政彦は同郷の先達牛島辰熊に師事。向かうところ敵なしの木村が、牛島の前だけでは小さくなっていたという。絶対に逆らえない、到底倒せない人物がいることにより、日々の鍛錬を怠らなくなるのだ。

 浅田には佐藤信夫コーチがいた。

 フリー当日の公式練習では当然のこと練習に身が入らなかった浅田。その姿を見た佐藤は慰めるどころか一喝。厳しく叱り飛ばしたのだ。これで浅田は覚醒する。

 浅田はフリー演技後、真っ先に佐藤の胸に飛び込んだ。すべからく名選手に名伯楽ありというべきであろう。

 試合に勝敗はあろうとも人生には勝ち負けも、ましてや優劣もない。浅田真央は何に勝ったのか。木村政彦はなぜ力道山に負けたのか。『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』にはその答えが潜んでいる。

デイリー新潮編集部