安倍首相の思想の源流か A級戦犯の孫に迫る
2014年2月16日、安倍晋三首相の側近、衛藤晟一首相補佐官による「こちらこそ失望した」発言がまたもや日米間にきしみをもたらした。昨年暮れの安倍首相による靖国参拝、その後のアメリカの「失望した」発言。延々とくすぶり続けていた問題に油を注ぐ発言となり、菅義偉官房長官は火消しにやっきになった。
アメリカ側も昨年12月にバイデン副大統領が日本政府に、靖国参拝は慎重にと告げていた手前「失望した」との対応にならざるを得ず、日米の間で不協和音が鳴り響いている。
また年内に迫った日米防衛協力のための指針(ガイドライン)の改定に備え、憲法九条改正の論議を一旦横に置き、憲法解釈を閣議決定で変更するとの発言など、安倍首相念願の集団的自衛権の行使容認への動きが加速している。
ここにはいくつもの問題がひしめき合っている。戦勝国に押し付けられた憲法を脱却しなければならない、同盟国との関係を良好に保たなければならない、近隣諸国との緊張を招いてはいけない、国内のハト派タカ派両勢力に配慮しなければならない。これらを同時に満たす解などあるのだろうか。
■準A級戦犯岸信介の孫
さらにそこに安倍首相個人の思いが大きく関わってくる。ご存知のとおり、安倍首相は第五十六代内閣総理大臣岸信介の孫である。岸は第二次大戦の開戦時、東条内閣で大臣を務め、敗戦後、東京裁判でA級戦犯として裁かれることになる。結局は不起訴となり釈放されるも、後々までA級戦犯というレッテルは決してぬぐえなかった。その後、政界に復帰し、保守合同を果たし、日米安全保障条約を批准したのも岸である。
安倍首相の目指す「戦後レジームからの脱却」、そして諸外国に懸念を抱かせてでも強行する靖国神社への参拝。戦後日本で大きな意味を持つ日米安保を成立させた岸元首相を祖父に持ち、なおかつ岸が戦犯容疑者だったことが陰に陽に影響を与えているのであろう。
■戦犯の孫だからこそ
今年2月に刊行された『戦犯の孫―「日本人」はいかに裁かれてきたか―』(林英一/著 新潮新書)のなかで、著者の林氏はA級戦犯の孫たちに焦点を当てている。
“開戦時の首相”東条英機、“特務機関の「支那通」”土肥原賢二、“唯一の文官”広田弘毅、“開戦を回避できなかった外務大臣”東郷茂徳、彼らの孫たちを取材・研究し、彼らの生い立ちと発言を追っている。孫たちの立場は複雑で、戦犯や戦後についての考え方もさまざまである。しかしどの孫にも共通していることは、自らを戦犯の末裔であると自覚するような体験を積み重ね、同時に、一族の宿命として、過去の歴史と向き合わざるを得なかったのである。戦犯の孫として社会のうねりに巻き込まれながら、誰もが自らの立場を鑑み、独自の考えを持つ必要に迫られ、否が応でも自分なりの言葉をもつに至ったようだ。なかでも広田弘毅の孫の肉声は特に貴重に感じられる。
戦争犯罪や戦争責任を他人事としてとらえることができなかった彼らだからこそ、手のひらを返したように戦犯に責任を押し付けた日本人には、複雑な思いがあるようだった。
このように「戦犯の孫」安倍首相の中にある国への思い、米国への思い、保守主義への本心を読み解くには、祖父岸信介にその源流を求める必要があるのだろう。
また同書では「有名な」A級戦犯だけではなく、「無名な」BC級戦犯がアジア各地でどのように裁かれてきたのか、にも注目している。知られざる流転に満ちた人生を送った多くの「無名の」戦犯たちが多数いたことも忘れてはならない。
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