読み換えられた「古典」/『「平家物語」の再誕』

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「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」で始まる『平家物語』は、古典の定番である。そのサワリの一つや二つは、誰でもが自然に覚えていたりする。歌舞伎や能にもたくさんの素材を提供している。だから『平家』は、はるか昔から古典中の古典として認知されていたのかと、てっきり思っていた。本書を読むと、それは明治の後半からだったという。
 井原西鶴が紅葉、露伴らによって、『万葉集』が子規によって「再発見」されたことを想起すれば、なるほどと納得がいくのだが、『平家』の場合は、勃興する帝国日本の国民文学という役割を負わされていた。それゆえ、様々なる衣装がかぶせられていく。
 日清戦争の勝利のあとで、竹越与三郎、高山樗牛がホメロスの作品に匹敵する雄大な叙事詩として発見する。日露戦争のあとには、清盛も義仲もロマンチックな英雄願望の対象となる。明治末に至ると、『平家』に武士道が「侵入」してくる。源平の世には影も形もなかった「武士道」を描いたのが軍記物、ということにされてしまう。楠木正成が大活躍する『太平記』には及びもつかないが、以後『平家』は、神道、家族制度と並ぶ国民道徳の柱である武士道のお手本となってゆく。

 こうした流れは、日本の古典にとっては必然の流れだったのかもしれない。そもそも東京帝国大学に国文学科ができたのは、国家主義教育のためであった。昭和十二年に、国民精神総動員が叫ばれ、『国体の本義』が文部省から大量に配布され、影響力を行使する。その草稿を書いたのは、東京帝大国文学科教授の久松潜一と弟子の志田延義だった。
 時代へ添い寝する『平家』は、戦争中にきわまる。本書で詳しく紹介される『ものゝふの文学』という本では、「死になづまぬ心」(死をためらわない心)の例として、「橋合戦」の僧兵を取り上げ、爆弾三勇士や真珠湾の特殊潜航艇の軍神たちとともに「尽忠報国の至誠」の持ち主として顕彰する。大学の演習でこの本を読まされた学生は「この人は、本気でこの本を書いているのでしょうか」と怪しんだという。著者は「本気でしょう」とその学生に答えている。
『ものゝふの文学』の著者・冨倉徳次郎は、戦後すぐの昭和二十二年に文部省の教科書編纂委員となり、『平家』研究の大家として一生を終えた。国文学界はマイナーな業界ゆえか、戦争責任を問われることなく、同業が結束して「知らぬふり」で通したという。
 この冨倉徳次郎という名は、私にとっては懐かしい名前だった。中学生の時に初めて読んだ日本古典の書、『平家』の校註者として記憶していたからだ。その本は昭和二十三年に初版が出た朝日新聞社の「日本古典全書」版の三巻本で、ハンディで読みやすく、和漢混淆文の気持ちいい調子につられて、グイグイと読み進めた。NHKの大河ドラマで尾上菊之助・藤純子の「源義経」が放映されるより以前だったから、子供用の『平家』にハマって、原文を読みたいと親にねだったのだろう。お蔭で『平家』は最後まで読み通せた数少ない日本古典のひとつとなった。まさか、そんな脛にキズ持つ学者の本だとは思いもしなかった。
 戦後の『平家』解釈も時代の流れから超然としていたわけではない。戦争中に傍流だった永積安明、石母田正など歴史社会学派がその研究を主導するが、彼らは新しい中世社会を開いた武士たちを、「あたかも民衆革命のリーダーのように英雄として」語ったという。そうした「明治の評価の焼き直し」が終るのは、高度経済成長が始まり、革命幻想から醒める時を俟たねばならなかった。それでも昨年の大河ドラマ「平清盛」では、歴史社会学派の影響がまだ色濃く残っていた、とのことだ。このように、さまざまな読みを可能にさせるからこそ、古典は幾世代も生き延びてくるのだろう。
 ところで戦時下、『平家』はどう読まれていたのだろうか。学徒出陣の大学生が戦地に持っていく古典ならば、『万葉集』や斎藤茂吉『万葉秀歌』がよく知られている。尊皇を強調するには『太平記』であり、桜の花にわが身を託す時には本居宣長の和歌「敷島の大和心を」であったろう。三島由紀夫は『葉隠』と『神皇正統記』を重要な古典と位置づけたが、『平家』は外している(『日本文学小史』)。
 花田清輝は戦時中に、『平家』を読むようにと友人から勧められる。「日本の古典を読むことは堕落のはじまり」と警戒するヘソ曲りだった花田は、同じ『平家』でも、ローマ字で書かれた天草本『平家』を選択した(『小説平家』)。
 小林秀雄は、『無常といふ事』にまとめられる一連の古典論の中で、『平家』について書いている。「このシンフォニイは短調で書かれている」(「平家物語」)、「古いものの死と新しいものの生との鮮やかな姿を、驚くほど平静に、行動の世界のうちに描き出してみせた」(「実朝」)と。そこに時勢の影はあっても、時代への媚態はない。戦争の渦中、もっとも正面から中世の古典を読んでいたのは、小林秀雄ではなかったろうか。
 さて、本書の「はじめに」によると、村上春樹の『1Q84』では、少女「ふかえり」が文学賞受賞の記者会見で、義経都落ちの場面を滔々と暗誦するシーンがあるという。村上春樹自身、国語教師の父親から、古典の暗誦を教育された少年だった。私は『平家』暗誦のシーンの前に挫折してしまった情けない読者だった。『平家』の村上春樹への影響を確かめるためにも、『1Q84』に再チャレンジしなければいけない。

[評者]平山周吉(雑文家)