もう一つの教科書問題 名作小説採択の裏側

文芸・マンガ

 芥川龍之介『羅生門』、夏目漱石『こころ』、森鴎外『舞姫』。この3作の共通点とは何か?

 もちろん、「日本文学の名作中の名作」というのも正解なのだが、もう一つ、共通点がある。それは「高校生の国語教科書の定番中の定番」という点である。

 たとえば『羅生門』は、現在、高校で用いられている高校一年「国語総合」のすべての教科書に掲載されている。教科書を作っている9社すべてが採用していて、一つの例外もないというから凄い。

 同様に、高校2年生以降の国語教科書では、すべての版元が『こころ』『舞姫』を必ず採用しているという。

「名作なんだから当たり前でしょ」

 そんな声も聞えてきそうだが、しかしちょっと待って欲しい。3人の文豪には、他にも代表作はたくさんある。芥川ならば『蜘蛛の糸』『』、漱石ならば『我輩は猫である』『坊ちゃん』、鴎外ならば『高瀬舟』『山椒大夫』等々。実際に、ある時期までは、教科書によって個性があり、さまざまな作品が載っていた。それが徐々に統一されていき、いまでは「定番小説」のみが、横並びで採録されるようになってしまったのである。

 なぜそうなったのか。その謎に挑んだのが、『国語教科書の闇』(川島幸希・著 新潮新書)である。自身が大学の学長でもある著者は、教科書の編者や版元、さらに現場の教師から丹念に聞き取りをしていく。そこから浮かび上がるのは、いかにも日本的な「空気」によってつくられる「横並び」という現象。編者が作品を選定する前の段階で、「天の声」が降りてきて決まることも珍しくないという。

 もちろん、名作を高校生に読ませることに問題はない。しかし、ここで川島氏は重要な問題点を指摘している。これら3作品のいずれもが「後味の悪い話、悲惨な話」であるという点だ。確かに、ごく簡単に言ってしまえば、『羅生門』は強盗の話、『舞姫』は女性を捨てる話である。『こころ』は多くの場合、Kが自殺した場面が採録されている。

 これでは小説嫌い、読書嫌いをつくるのではないか、というのが川島氏の指摘だ。ハッピーエンディングだからいいという単純な話ではないにしても、一理あるのではないだろうか。

デイリー新潮編集部