ヌードになると普段いない関係者まで集まってきて…大西結花が明かす、31年前の大胆ラブシーン撮影

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体力だけはある

――それで倒れたんですか?

 倒れなかったです。「すみません。私、体力だけはあるので、私に限って倒れるっていうことは一生ないと思います」って(笑)。大病を患ったこともないですし、親に感謝なんですけど体だけは丈夫なんです。

――話を聞いていて、大西さんはあまりくよくよしないタイプなのかと思いました。

 みなさんに同じことを言われるんですよ。昼ドラの時に父親役の中尾彬さんから「倫子(大西の役名)、お前は悩みがないだろう」とニヤっと笑いながら言われて「そりゃあるに決まってるじゃないですか」と答えたら「いや、お前はないね」って笑うんですよ(笑)。

 他の現場でも「結花さんって悩みがなさそうですよね」「いつも笑っている顔しか浮かばないです」と言われるんですけど、ちゃんと悩んだりしてますよ!(笑)。

――昭和の名優のみなさんとの共演は、役者として大きな経験になっている、と。

 もちろんです。昭和のスターのみなさんに育てていただいたので、すごくラッキーだったと思います。今は女優も俳優って呼ぶようになったみたいですけど、演技の本質は変わらないですからね。

 長門さんの言葉は今も作品を作る上でとても大切に感じていますし、私も主役も経験しているからこそ、どんな作品も輝くものになるように現場を曇らせず、いかにチームワーク良く、良い現場作りができるかを考えるようにしています。

――「眠れる美女」と同時期に写真集も出されました。当時の週刊誌でも大きく扱われていた記憶があります。

 映画の撮影と一緒に写真集の撮影も行いました。映画とセットだと聞いていたのでそのまま撮影したんですが、結果的に写真集が先に世に出てしまったので、余計にセンセーショナルな扱いになりました。

 でも特に気にもとめていませんでした。私にとっては他のお仕事と同じ、仕事のひとつでしかなかったので。でも写真集といえば、その後の写真集の方が何かと言われてるようなので、そちらのお話もしておかないと? ですよね?(笑)。

――その写真集の騒動と、波乱の事務所倒産についてお聞きしたいのですが。

 わかりました。またまたウィキペディアに書かれている間違いを訂正しておきたいですしね。

 ***

 第1回【波乱万丈の芸能生活41年 大西結花が声を大にする「ウィキペディアの情報は結構間違っている」】では、生い立ちやデビュー時の話などを詳しく語っている。

大西結花(おおにし・ゆか)
1968年7月6日、大阪府生まれ。83年「ミス・ロックンローラー・コンテスト」準優勝をきっかけに芸能界入り。84年ドラマ「家族の晩餐」で俳優デビュー、85年「アラベスク・ロマネスク」で歌手デビュー。同年、映画「台風クラブ」で第7回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。86年「スケバン刑事III 少女忍法帖伝奇」の風間三姉妹役でブレイク。所属事務所の倒産を経て、現在も個人で俳優・歌手として活動。2012年に17歳年下の一般男性と結婚。26年10月11日、東京・コットンクラブで『40周年記念+1 anniversary live「ずっと大好き!!」』を開催。

福嶋 剛
ライター。1971年生まれ。TV局映像編集、ロケーションコーディネーター、音楽サイトの編集長、ニュースサイトの記者などを経験。ベテランアーティストや元アイドルのインタビューをはじめ、イベントの進行役などエンタメを中心に活動中。

デイリー新潮編集部

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