波乱万丈の芸能生活41年 大西結花が声を大にする「ウィキペディアの情報は結構間違っている」
憧れは松田聖子
――念願の芸能界入りは、歌手より先に俳優としての仕事から始まりました。
ミスコンで優勝した子は歌手デビューが約束されていたんですけど、私は準優勝だったので別の形でスカウトされ、のちにドラマのヒロインオーディションにより、ドラマの主役が決まりました。アイドルになりたかったんですけど、お芝居にも興味があったのですごくうれしかったです。
でも、演技は学芸会しか経験がなかったので、最初は周りの先輩に迷惑だけはかけないようにとやっていました。一番大変だったのは方言ですね。東京に来たばかりで大阪弁しか話せないから、標準語指導の先生が付きっきりで特訓してくれました。
――1985年の映画「台風クラブ」では、ヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞しました。
すごくありがたい賞で、映画評論家さんから「(新人賞は)一生に一度しかもらえない貴重な賞なんだよ」と言われて嬉しかったです。ただ当時はまだ高校1年生で忙しすぎる毎日でしたし、世の中のことを全然知らなかったので、「へえ、そうなんだ」くらいにしか思っていなかったんです。
――歌手としても、並みいる85年組アイドルの中で第12回横浜音楽祭の新人奨励賞を受賞しました。
それも、ぼんやりとした記憶しかなくて(笑)。
――忙しすぎて覚えていないことも多いですよね。
そう。でもね、85年組は仲が良かったんですよ。当時は新人アイドルが出演する番組がたくさんあったから、楽屋はだいたいメイク室や大部屋にみんな集められて、部活みたいにキャッキャ言いながらしゃべって、和気あいあいとしていました。
よく誰々に意地悪されたとか、そういうゴシップネタってあるじゃないですか。「それっていったい誰?」って突っ込みたくなるくらい、本当に仲が良かったんですよ。
――そして「スケバン刑事III」の風間三姉妹の長女・風間結花役で大ブレイクしました。
このドラマがきっかけで、女優としても歌手としても大西結花を知っていただいた方がたくさん増えました。紛れもなく私の代表作です。
――アイドル時代の大西結花を振り返ってみてください。
松田聖子さんのような王道アイドルソングでデビューはできなかったけれど、演技もやっていたので、歌詞が大人すぎて意味がわからなかった曲も、想像しながら歌の主人公を演じることができていたのかなあ? と思います。
歌うこともお芝居も楽しくて、寝る時間はなかったけれど、とにかく一生懸命やっていたと思います。あとは……真面目だったかな。寮を抜け出して彼氏と会うとか、そういうことをしたらみんなに迷惑がかかるから絶対にダメと言われていたので、芸能記者さんはつまらないアイドルだと思っていたんじゃないかな。アイドル時代の暴露ネタを聞かれても何も出てこないですから(笑)。
――アイドルを卒業し、本格派女優として大胆なラブシーンにも挑戦した時のお話もお聞きしたいのですが……。
その話題を振られるといろいろと出てきてしまいそうですが(苦笑)。お話しします。
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第2回【ヌードになると普段いない関係者まで集まってきて…大西結花が明かす、31年前の大胆ラブシーン撮影】では、大胆なヌードになった映画撮影などを振り返っている。












