波乱万丈の芸能生活41年 大西結花が声を大にする「ウィキペディアの情報は結構間違っている」
おてんばだった幼少期
――どんな幼少期でしたか。
おてんばを地で行くような子でした。男の子に交じって遊んでいて、けんかも強かったと思います。母には「女の子なんだから」としょっちゅう怒られて、そのたびに「男の子に生まれてたらよかったのに」って思っていました(笑)。
姉とは小学生くらいまではよくケンカしてましたけど、中学になると急に仲良くなって。私が中学に上がった時、就職していた姉に初任給でワンピースを買ってもらった思い出があります。
――芸能界への憧れはいつ頃からですか。
家族でよく歌番組を見ていて、ピンクレディーさんやキャンディーズさんを毎週楽しみにしていたんですが、中学に上がる前に松田聖子さんが登場して、ハートをズキュンと撃ち抜かれました(笑)。
私はかわいい衣装に目がなくて、バレエを習ってチュチュをつけて踊るのが夢だったんですけど、通うことができず、アイドルになればかわいい衣装を着られると思ってオーディションを受けました。
ただ、合格した劇団はレッスン料がかかるので親に反対され、母に「本当に芸能のお仕事をやりたいならスカウトされるようになりなさい」と言われました。
――そこからローラー族に入ったそうですね。お姉さんの助言がきっかけだったとか。
それは違うんです。ウィキペディア情報ですよね? 姉の名誉のためにもお話ししますけど、姉は全く関係ありません。私のそこの情報は結構間違っているんですよ。今日はそれも正していかせてください(笑)。
――では、どういう経緯で?
中学になるとお小遣いをためて自分でフワフワしたお洋服を買い、週末には街を歩いたり、当時流行っていたロックンローラー族のお洋服が好きで大阪城公園まで見に行ったりしていました。
中学2年の時に「一緒にやらない?」と声を掛けてもらって。最初は断っていたんですけど、夕方5時になるとゴミ拾いまでして解散する健全なグループだったので、一緒に踊らせてもらうようになりました。
一番年下だったので可愛がってもらい、ある日「ミスロックンローラー」というコンテストがあるということで、先輩に「グループの名前を売っておいで」と言われ、ツイストやジルバを教えられました。
すると、全国大会まで行けることになって、そこで準優勝してスカウトを受けたんです。思いもよらず全国大会で東京にも行くことができて、念願だった原宿の竹下通りを歩きました。
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