翻る「太極旗」を前に、群衆から雷鳴のように沸き起こった言葉とは…独立回復後の韓国で、初めて国旗が掲揚塔に上った日
激動の国際情勢を受け、ニュースで連日のように目にするようになった世界の国旗。カラフルな旗もあればデザインの凝ったもの、中にはそっくりだけど異なる国の旗もある。一見同じような旗でも、各国それぞれ旗に込めた願いや考えがある。そんな国旗に隠された事物を知ることで、今までとは違う世界が見える――。
奥深い国旗の世界を紹介し、理解を深めることを目的に、「週刊新潮」で150回にわたり続いた人気連載「『已己巳己(いこみき)』だけど実は…知られざる国旗の世界」が、「デイリー新潮」で新装開店した。
第一回は、ちょうど80年前の1946年、日本による併合から解き放たれた後の韓国が舞台だ。旧朝鮮総督前・国旗掲揚塔に「太極旗」が初めて掲揚された日の出来事について記す。
【vol.1】
【吹浦忠正/NPO法人世界の国旗・国歌研究協会共同代表】
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日の丸が星条旗に入れ替わり
日本の「終戦の日」にあたる8月15日は、韓国では「光復節」として祝日になっている。
1910(明治43)年8月29日に、「韓国併合ニ関スル条約」に基づき、日本が韓国(大韓帝国)を併合した。この併合は約35年間継続し、日本の「ポツダム宣言」受諾を経て、1945(昭和20)年9月9日に朝鮮総督府による連合国軍への降伏文書調印により終焉した。
この日、朝鮮総督府正面脇に掲揚されていた「日の丸」は、連合軍(実際は米軍)将兵の見守る中で降納され、米国の48星「星条旗」と入れ替わった。
日韓国交の正常化
このあと、朝鮮半島は北緯38度線を以って南北が米ソ両国の占領下となり、1950(昭和25)年6月25日には北朝鮮軍の南進によって朝鮮戦争が勃発した。3年余に及ぶ戦闘の末、1953年7月27日に休戦協定が締結されたが、平和条約は結ばれておらず、現在も38度線付近を走る軍事境界線を挟んで南北の対峙が続いている。
日韓両国は長い交渉の末、1965(昭和40)年6月22日に東京で署名され、両国での批准を経て、同年12月18日に発効した「日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約(日韓基本条約)」によって国交を正常化した。
太極旗が掲揚
1946(昭和21)年1月14日、先に「日の丸」を引き下ろした旧朝鮮総督府正門前の同じ国旗掲揚塔に大韓民国の「太極旗」が掲げられた。
「太極旗」はその後、デザインの調整が行われ、最終的に現在の形になったのは、2011年のことだ。
ここに紹介するのは、これを報じた翌日付の「朝鮮日報」である。以下の訳文は、バイリンガルグループ翻訳部によるもの。以下に全文を紹介する。
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