翻る「太極旗」を前に、群衆から雷鳴のように沸き起こった言葉とは…独立回復後の韓国で、初めて国旗が掲揚塔に上った日

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国旗掲載式の様子は…

朝空に燦爛と翩る 感激の太極旗掲揚
14日、軍政庁広場にて歴史的式典

 前夜ひっそりと降り積もった雪が足元を覆い、軍政庁前広場は、朝鮮の燦然たる未来を象徴するかのように純白に包まれていた。その庭園で、ちょうど頭上に昇った朝日を浴びながら、集った群衆がみな眩しそうに空を見上げた。その先には、自由と解放の眩い光があった。燦然と輝く朝日の向こうに青く高く広がる空へ、太極旗―我が国の国旗が一旗、恵み深き希望の光を称えながら、悠々と掲げられていった。

 ここは、1月14日午前10時に軍政庁前で執り行われた「太極旗」の掲揚式場である。民族解放後、軍政庁前には左右に一本ずつ、二本の旗柱が設けられた。その一方には連合軍の米国国旗が翻っていたが、もう一方の旗柱は、黙然と立ったまま、「太極旗」が翻る日をひたすら待ちわびていた。そしてとうとう、吉日を選んで「国旗掲揚式」が挙行されたのである。

 掲揚台前には、朝鮮警察隊が威厳をもって二列に整列。会場周辺は、一般民衆の男女で埋め尽くされていた。10時定刻を迎えると、米軍側から、折よくソウルを訪れていたパターソン陸軍長官とホッジ中将をはじめ、ラーチ軍政長官、シーツ民政長官のほか、多くの将兵が参列した。朝鮮人官吏では、趙炳玉警務局長(筆者注:局長は日本の大臣に相当)や李勳求農商局長をはじめ、各部局長および軍政庁の男女職員が列席した。こうした参列者が見守るなか、まず米軍音楽隊が米国国歌を演奏し、一同が米国旗に敬礼した。続いて同じ音楽隊が「愛国歌(韓国の国歌)」を演奏すると、朝鮮人警察官の手により、「太極旗」は翻りながら、百尺にもなる旗柱の頂へと高く上がっていった。

 旗が上がっていくとともに、雷鳴のような拍手と歓声が沸き起こった。そして群衆は、李勳求農商局長の音頭に合わせて、北岳山を麓から揺るがすほど声高らかに、「朝鮮独立万歳」と三唱を二回繰り返した。式典は10時半頃に終了した。

※いこみき 已・己・巳と、それぞれの字形が似ているところから、互いに似ているものをたとえていう語。

吹浦忠正(ふきうら・ただまさ)
1941(昭和16)年、秋田市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修了。大学在学中にオリンピック東京大会組織委国旗担当専門職員を務める。埼玉県立大学教授などを経て、世界の国旗・国家研究協会共同代表。著書に『国旗で読む世界史』『国旗で読む世界地図』など。

デイリー新潮編集部

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