老人に上手に引退を促す文化が必要だ 養老孟司さんが語る「ニコニコしているご隠居」の存在意義

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――私は昭和十五(一九四〇)年、戦争の始まる前年に生まれた。多くの若者から見れば「じいさん」に違いない。しかし、その年に生まれたのが、あのビートルズのジョン・レノンだと聞いたらどうだろうか。彼と私とは一か月しか誕生日が違わない。不幸な亡くなり方をしたけれども、健在だったら、きっと彼はまだ新しい音楽を作っていただろう。思いっきり単純化していえば、「老人」と一口に言っても、すでに俳句や詩吟よりロックンロールの世代になっているのだ――

 上の文章は9月20日に86歳の誕生日を迎えた麻生太郎・自民党副総裁の著書『とてつもない日本』からの抜粋である。同書刊行時の麻生氏は66歳。現在の高市早苗首相(65)と同じくらいの年齢だったことになる。

 それから19年、麻生氏が政界にいるどころか、キングメーカーとして君臨している事態を誰が想定していただろうか。

 2003年、小泉純一郎首相(当時)が中曽根康弘元首相と宮澤喜一元首相に政界引退を「勧告」した際、中曽根氏は85歳、宮澤氏は84歳だった。この時、中曽根氏は「無礼者」と怒ったと伝えられているが、最終的には引退を受け入れている。宮澤氏のほうはよりすんなり事が進んだという。

『バカの壁』で知られる養老孟司さんは、老人が気持ちよく身を引くための文化の必要性を著書『超バカの壁』の中で語っている。「不機嫌な老人をどうするか」は養老さんがたびたび著書で触れている問題である。

 その老人観や年齢観は麻生氏とはいささか異なるようだ。以下、同書から抜粋・引用してみよう。

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都会はイライラを人のせいにする

(自分の抱えるイライラを)人のせいにする傾向というのは都会になると強くなります。それで訴訟が多くなるのです。田舎ならば道を歩いていて石につまずいて転んだ場合、注意が足りないと怒られるのが関の山でした。これが銀座だったらこんなところに石を置きやがって、訴えてやるとなる。その違いです。

 都会には人の作ったものしか置いてないから、何か不愉快なことが起これば他人のせいだというふうになり得る。(略)

 石につまずいて転んでも自然のことだから仕方がないとあきらめられたら楽なのに、あきらめなくなった。あきらめなくなったから、年をとっても引退しない。いつまでも現役でいたいとあほなことを考える人が増えました。昔の人は名誉職などをニコニコしてやっていたものです。

老人文化の必要性

 中曽根元首相は小泉首相(当時)に無理やり引退させられたと怒っていました。本人はまだまだやることがあると言っていたけれど、はたで見ているとイライラしているだけのようにも見えました。このイライラの世界から脱出してもらうには、隠居させればいいのですが、日本の従来の慣習ではそれは年寄りに言いにくい。もうその年になったらやめてくださいと上手にいうのが難しい。

 もちろんそれを制度にしたのが定年制なのですが、それだけではなかなか引っ込んでくれない。

 これからは「老人文化」というものを作っていく必要があります。たとえば身の引き方に関しては江戸時代までは隠居という制度が機能していました。そういう文化があったからうまく老人にお引き取りいただいていたのです。

 今でも定年制度があるのですが、当時ほどうまくいっていないように見えます。それは老人が「いつまでも生き生きと働く」ことがいいことのような風潮があるからです。でも、本当は老人の良い身の引き方、楽しい老後の過ごし方についてもっと考えたほうがいいのではないでしょうか。老人は生き生きしているよりは、イライラせずにニコニコしているほうがいいのです。

 極端な言い方をすれば年をとっても働いていいのは、個人で働いている人です。人間国宝が百歳になって働いていてもだれも文句は言いません。物を相手にしていれば他人に迷惑はかけないからです。

 もしも一生働きたいというのならば、そういう仕事を考えるか、技術を身につけるしかありません。私の母親は九十歳を過ぎても医者をやっていました。

 何と危険な、と思われるかもしれません。しかし実は年を取ってからは医療というよりも顔見知りの患者の話し相手、まさに心の傷の癒し相手みたいなものでした。福祉事業に近い仕事です。

 もちろんいくら技術があるからといっても本来は開業医はヨイヨイになったらやめなくてはいけません。母親が七十歳になったときにも引退させたほうがいいだろうと思いました。ただし、一緒にやってくれる女医さんがいたから心配しなかったのです。そういうことでもなければさすがに危険です。

「おたくのお母さん、年とっても、元気でお医者さんやっているそうですね、偉いですね」とよく言われました。そのたびに「丈夫な患者がいるもんですよね」と言い返したものです。

 母親は結局九十五歳で死ぬまで患者の相手はしていました。でも、もう相手は年寄りだけで治療行為はやらなかった。話をするだけです。医療相談に乗っていたようなものでした。これも個人病院だから出来ることで、大病院のトップが九十歳すぎまで、ノコノコと手術の現場に出てきたりしていたら周囲が大変な迷惑を受けるでしょう。

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 麻生氏が衆議院議員としての任期を全うした場合は89歳になる予定である。その頭に浮かぶ80代像は、かつての大先輩、中曽根氏や宮澤氏か、それとも今なおツアーで世界を回るポール・マッカートニー(84)か。どちらをイメージしているのが国民にとってプラスなのか。

 養老さん独自の「仕事論」については、(【もっと詳しく】「自分に合った仕事」なんて大うそ! 「死体を解剖し続けた」養老孟司さんが語る「本気の仕事論」)で読むことができる。

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