国立理系の大学院を経てIT大企業に入社も「集中力に欠け、ミスが多い」と酷評…急増する「大人の発達障害」が浮き彫りにした“令和の職場”の生きづらさ
年々「大人の発達障害」に対して、社会的な注目が集まっていることを実感している人も多いだろう。Xにアクセスすれば、患者の「日々の生活が辛い」という切実な訴え、「発達障害の夫と暮らす妻」の悩み、はたまた「発達障害を自称する人間は、単に我慢が足りないだけ」という誹謗中傷に至るまで、夥しい量の投稿が表示される。ネット書店で検索しても病状の概説書から受診可能な病院を紹介するガイドブック、家族でもケアが可能だとする医学書など、次から次へと類書が紹介される。(前後編の前編)
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【写真】「好奇心が強い」「行動力や決断力がある」一方で「整理整頓が苦手」「忘れ物や落とし物、遅刻が多い」…周囲が配慮すべきADHDの特徴とは
昭和医科大学客員教授で精神科医の岩波明氏は、発達障害の研究と臨床の第一人者として知られる。『発達障害』(文春新書)、『大人のADHD──もっとも身近な発達障害』(ちくま新書)など数々の著作がある岩波教授に、なぜ「大人の発達障害」に関心が高まっているのか解説を依頼した。
岩波教授は「大前提として『発達障害』という言葉は“総称”であることが重要です」と言う。
「総称のため様々な精神疾患が含まれており、メインはADHD(注意欠如・多動性障害)とASD(自閉症スペクトラム障害)の2つです。そのほかに学習障害などを含んでいます。ただし有病率はADHDが4%から6%と推定されるのに対し、ASDは1%台とかなりの開きがあります。そのため関心が集まっている『大人の発達障害』は『大人のADHD』のことだと考えていいでしょう。もともと発達障害という用語は子供が対象で、主に知的障害や古典的な自閉症の子供たちを指すものでした。医療よりは福祉や介護の問題として使われていたのです。『大人の発達障害』と、わざわざ『大人』を付けるのは、そういう背景があります」
80年代に新人の精神科医だった岩波教授は児童精神科に勤務して貴重な体験を積み重ねたが、当時は自閉症や知的障害の子供たちを対応するだけで医療現場は精一杯だったという。
「大人の発達障害」が注目された理由
「ADHDの子供で多動や衝動性が強い場合は、学校でトラブルに発展する可能性が高くなります。そのため、児童精神科医の診察に結びつくこともありました。ところが同じADHDでも不注意や集中力の障害が主な症状の子供だと、学校でトラブルになることはほとんどありません。そのため見過ごされることが多かったのです。またASDについても知的障害のない軽症例は問題にされませんでした。さらに『幼児期や思春期で多動などが問題になったとしても、大人になれば自然に治る』と考える専門医も珍しくありませんでした」(同・岩波教授)
ところが大人の発達障害に関する臨床例が相次いで報告されていく。そのため欧米では90年代、日本では2000年代に入ると発達障害に対する関心が高まっていく。
「精神科医が『学生の時は優等生だったのに、社会人になると職場でADHDなどが原因の問題行動を繰り返し、最終的には解雇された』といった症例に気づいたのです。日本で関心が高まった経緯を考える場合、90年代にうつ病がクローズアップされたことも注目すべきでしょう。職場のストレスがうつ病を引き起こすことが明らかになり、ビジネスパーソンのメンタルヘルスが重要だと認識されました。これをベースとして2000年代から『大人の発達障害』に日本人の興味が向かいます。当初、日本ではアスペルガー症候群などのASDが注目されましたが、臨床においてはADHDが診療の中心であるため、ここでは主にADHDについて述べていきます」(同・岩波教授)
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