長嶋監督にビンタされ「俺だけが…」と感激 張本勲さん、自らに“喝!”を入れ続けた86年の生涯
プロ野球最多の通算3085安打を記録し、「安打製造機」と呼ばれた張本勲さんが亡くなった。享年86。在日韓国人2世として生まれ、5歳の時に広島で被爆。そんなバックグラウンドを持つ張本さんの言葉は、時に深く、重かった。
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日本球界唯一の500本塁打、300盗塁達成の偉業も持つ張本さんだが、
「『記憶に残る選手』なんて、眼中になかった。プロは『記録』を残すもの。その記録が人格をつくる」
と語ってはばからなかった。
東映(現北海道日本ハムファイターズ)、巨人、ロッテなどで俊足巧打の外野手として活躍。プロ1年目でパ・リーグ新人王に輝くと、3年目に首位打者、4年目にはMVPに選ばれた。
「一日でも休んだら五体満足な奴には勝てない」
深夜に目撃された「素振り姿」
4歳の冬、突然バックしてきたトラックにたき火の中へと押され、右手の小指と薬指がくっつき離れなくなる大やけどを負った。そうしたハンデを補うため、現役時代は毎日深夜1時までバットを振り続けた。
「練習は人知れずするものだ」
こう張本さんが話したことを、今年8月に亡くなった韓国出身の元プロ野球選手・白仁天(享年82)は生前明かしていた。東映時代のキャンプ中、深夜にトイレへ立ったところ、廊下で猛然と素振りする張本さんの姿を目撃した際のエピソードだ。
プロ公式戦で1万1122打席に立ったが、
「次の打席で駄目だったら生活はどうなる」
常にそんな不安を抱えながらバッターボックスに入っていたという。
“ビンタは俺だけ”
在日としての矜持を持つ一方で、日本を敬愛してやまなかった。2023年、韓国紙・朝鮮日報のインタビューに対し、
「いつまで日本に“謝罪しろ”“金を出せ”と繰り返さなければならないのか。当時は弱肉強食の時代で、韓国は弱かったから国を奪われた」
そう苦言を呈し、韓国の過度な「反日」姿勢を戒めたことも。
元スポニチ記者の吉見健明氏が言う。
「あれは張本さんがスポニチの評論家を務めていた時でした。私は元阪神の田淵幸一と同じ法政一高出身なのですが、あるテレビ局のゴルフコンペに参加した際、ちょうど風呂上がりだった田淵の背中に湿布を貼ってあげていた。すると、張本さんから“そんなことするな。記者のプライドを大事にしろ”と怒られたことがありました」
選手や記者など関係なく、己の本分を全うすることを奨励する思慮深さと優しさを持ち合わせていた。
「長嶋茂雄監督(当時)の下で野球をしたくて76年に巨人へ移籍した張本さんですが、ある試合でバントのサインを見逃し、長嶋監督からビンタされたことがありました。ところが“俺だけがビンタを食らったんだ”と逆に感激していましたね」(同)
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