「もうここまで来れば気持ちだけ」セ・リーグの優勝争いをひっくり返した“信じられない一夜”
優勝争いでは、ほとんど勝負が決したように見えた一戦が、シーズンの流れを一変させることがある。【久保田龍雄/ライター】
【写真】首位阪神を相手に連勝!シーズン終盤で意地を見せる中日ドラゴンズ
4点差はあまりにも重たかったが
8回を終わって2対6の劣勢。しかも、マウンドには全盛期の江川卓がいた。中日・近藤貞雄監督も「99パーセント負け」を覚悟した絶望的な状況だった。
だが、9回裏の1本の安打をきっかけに、ドラゴンズ打線の奇跡の反撃が始まる。
今も語り継がれる伝説の“アンビリーバブルな試合”。今回は、中日が逆転Vへの扉をこじ開けた1982年9月28日の巨人との天王山決戦を紹介する。
首位・巨人を2.5ゲーム差の2位で追う中日は、逆転Vの望みをかけて、9月28日から地元・ナゴヤ球場で、巨人との直接対決最終カードとなる3連戦に臨んだ。
28日の初戦は、中日が勝てば、2位ながら残り試合数の関係でマジック「12」が点灯するという意味でも重要な試合だった。
当然、巨人にとっても絶対に落とせない試合である。先発のマウンドに上がったのは、前年20勝をマークしてMVPに輝き、1982年もこの日までに18勝を挙げていた全盛期の江川だった。
中日は三沢淳が先発したが、初回、原辰徳に先制3ランを被弾。3回にもエラー絡みで4点目を失う。
これに対し、中日も4回にモッカ、7回に大島康徳のソロで1点ずつを返したが、4番手・郭源治が6回に中畑清、7回に淡口憲治にソロを打たれ、2対6と苦しくなった。
8回まで4安打9奪三振2失点。江川の出来を考えれば、4点差はあまりにも重かった。
絶対ホームランを打ってやる
だが、野球は「ゲームセット!」のコールを聞くまでわからない。敗色濃厚の9回裏、信じられないようなドラマが幕を開ける。
口火を切ったのは、先頭の代打・豊田誠佑だった。明大時代から“江川キラー”の異名をとった“仕事人”は、「展開を考えれば完全に負け。当たったら儲けものという感じだった」と考えながらも見事期待に応え、反撃の狼煙となる左前安打を放つ。
次打者・モッカも「試合はまだ終わっていないんだ」と集中力を高め、右前へ流し打ちの安打で続く。
無死一、二塁となったところで、巨人は中村稔コーチがマウンドに走り、江川を激励した。だが、4番・谷沢健一も外角カーブを逆方向の左前に打ち返し、無死満塁となった。
この回の江川はカーブを多投していた。中日の各選手は「江川のカーブはモーションからわかる」というスコアラーの情報をもとに、3者連続で決め球のカーブを痛打していた。
カーブを狙われていることに気づいた江川は、次打者・大島に対し、今度は直球で押した。だが、「絶対ホームランを打ってやる」と打ち気満々の大島にセンター右へ弾き返され、犠飛で1点を失う。
なおも1死一、二塁で、この日3打席連続三振に倒れていた宇野勝が「それまで無茶振りしたお返しもあるんで」と147キロの直球を左翼線に力で運び、2点差となった。
そして、中尾孝義も「3球目のクソボールをファウルして、あれで変な力が抜けた」と江川の直球を得意の右打ちで右前に打ち返し、ついに6対6の同点となった。
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