“トンデモ展開”かと心配もしたけれど…「Tシャツが乾くまで」最終話が心地よかった理由 浮かび上がった小さいけれどとても大事なこと

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「ちょうどいい距離感」の先にあるもの

 最終話にして、疑惑のチケットという伏線は回収されましたが、咲子が充からチケットに関する真相を聞かされたときの表情は印象的でした。充は「この席、人混み通らなくても行けるんだよね。別ルートあって。席も隣との間隔あって、そういうとこならさっちゃん、行けるかな、と思って」と説明し、チケットが充の愛情の証なのだとはじめて知って、咲子は目にみるみる涙を湛えました。

 ちなみに、充の愛情を知ったからって、離婚は取りやめにはなるわけではありません。咲子と充はいまもおたがい好き同士ですが、咲子は家族にこだわって疲れるのをやめたくなったのです。彼女は充に「おたがいに居心地よくて、ちょうどいい距離感でいられる人とだけ一緒にいようよ。充ともそうなりたい。だから家族、やめよう」といいました。

 それでも、思っていたよりもずっと深い愛情を、相手が自分にいだいていたと知ったとき、人間関係は「不可逆」だという常識を超えて、少しさかのぼったように見えました。あるいは、「不可逆」ではあっても、以前より上等な関係に変換されることはあると思います。そんな瞬間が描かれたのではないでしょうか。

 また、咲子は充の失踪中に樹生と出会って、「おたがいに居心地よくて、ちょうどいい距離感でいられる人」の大切さを知ったわけですが、それは樹生にとっても同じでした。そして樹生は、亡くなったあずさと充の関係も、好ましくは思えないながらも理解できるようになります。

 そして、「ちょうどいい距離感」の人が近くにいると、距離が近いばかりに気を遣ってしまう関係が、居心地悪く感じられたりもします。でも、それだけではありません。「ちょうどいい距離感」の人が近くにいるからこそ、人との距離が近いことの価値にも、あらためて気づくというものです。

小さな希望に感じられた救い

 咲子と充が一緒に買ったはずの家から、充が財産分与もせずに出ていくことや、充がオーナーであって働き先でもある喫茶店「ひこうき」を、従業員の矢野直人(高橋文哉)に簡単にあげてしまうことなど、ありえない状況もあちこちに見られました。しかし、そのあたりをリアルに描き出すと話がややこしくなるので、あえて単純化し、肝心な「心の機微」を描くための装置にしたのでしょう。

 充は家を出ていく前、咲子とはじめて洗濯の共同作業をします。衣服だけでなく、シーツにブランケット、枕カバーにカーテンまで全部洗って、それらが乾くまで一緒にいることにします。この作業を通しても、2人の関係は、以前より上等なものに変換されたような印象を受けました。「ちょうどいい距離感」の人とのあいだでは得られないものの価値に、ここでも2人は、いままた気づいたのではないでしょうか。

 さて、別れたあとの咲子と充がどうなったのでしょうか。詳細はわかりません。ただ、ラストシーンで咲子が料理を作っていて、いったん出したカボチャを「今日、これ、いらないや」といって冷蔵庫に戻したのは、どう考えても充と共に食事するからでしょう。充の苦手な食べ物といえばカボチャなのですから。そしてピンポンが鳴ると、咲子は「はい」に続けて、満面の笑みを浮かべながら「お帰り!」といいました。そこでドラマは終わりましたが、充が帰ってきたに違いありません。

 充は家を出たあと、バスの車中で隣に座る少年に「どこ行くの? 大丈夫、大人になると帰る場所、増えるから」と話しかけました。充は咲子と別れたけれど、咲子のことも「帰る場所」だと強く認識していたのです。そして咲子も、それが一時の客としてなのか、ふたたび生活を共にするためだかはわかりませんが、充を家に迎え入れ、そのために食事の用意もしています。

 失踪癖がある男とバツ4の女。「ちょうどよい距離感」を超えて近づくと、やっぱり関係が続かないし、そこにある種の宿命のようなものも感じられなくはありません。でも、やっぱり2人が近い距離で、いままでにないくらい長い年月をすごしてきた意味はあったのです。だからこそ、別れ際になにかを感じとることができました。たぶん2人は、変われないなにかを引きずりながらも、着実に関係を、以前より上等にできているのだと思います。

 ところどころに劇的な要素を置きつつも、基本的には凪のような展開のなかで描かれたのは、小さな希望だったと思います。そこがとても心地よく感じられました。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動を行うほか、歴史的な視点を応用し、経済から文化まで現代のさまざまな社会状況にも言及。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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