「学歴」コンテンツのウラで動く「巨大マネー」 単なるYouTuberの失言では片付けられない根深い問題
家庭の教育方針や支出に直結
子供を持つ親にとって、学歴や受験の話は単なる娯楽ではなく、家庭の教育方針や支出に直結する問題でもある。
ここが、学歴コンテンツがネット上で強い理由を考えるうえで見落とせない点だ。教育業界には大きなお金が動く。学習塾、予備校、通信教育、参考書、オンライン教材、受験情報サービスなど、受験を中心に巨大な市場が形成されている。
視聴者が動画を見ることで教育関連の広告が表示され、その先で塾への入会や教材購入につながる可能性がある。教育系コンテンツには広告や集客の面でも商業的価値がある。
学歴をめぐる刺激的なコンテンツが注目を集めることは、単に再生数を稼ぐだけでなく、受験や教育に関心のある潜在的な顧客層に接触するという意味を持つ。学歴ネタと教育ビジネスは親和性が高い。
その意味で、学歴コンテンツが過熱する理由は視聴者心理だけでは説明できない。見る側に需要があると同時に、作る側にも強い供給インセンティブがある。
受験生が見て、大学生が見て、卒業した社会人も見て、さらにその親世代も見る。しかも、その中には教育費を実際に支払う層が含まれている。マーケティングの観点から見れば、実に魅力的な視聴者なのである。
その結果、より強い刺激を求める方向へコンテンツが進みやすくなる。単に大学を紹介するだけでは再生数が伸びない。「この大学は低学歴なのか」「~~大学をボロクソに言ってみた」といったように、序列や対立を前面に出した方が、注目が集まりやすい。
出演者が過激な学歴至上主義者を演じ、大学名を聞いただけで態度を変えるというwakatte.TVのスタイルも、そのようなニーズに適応したものだった。
おそらく今後もネット上から「学歴ネタ」が消えることはないだろう。学歴はトピックとして面白く、受験は多くの人にとって共通体験であり、その背後には大きな教育市場も存在するからだ。
今回の騒動は、その文化を単純に否定するのではなく、どこに危うさがあるのかを考える契機にする必要がある。
大学を偏差値という物差しだけで見るのは簡単である。しかし、その数字の向こう側には教育があり、研究があり、そこで学ぶ人間がいる。その当たり前のことを忘れたとき、学歴をめぐる「遊び」は容易に他者を傷つけるものへと変わってしまうのだ。
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